1 平凡的男子高校生のススメ
子供の頃、世界はもっと果てしなく広かったように思う。
小さな身体ではどうすることも出来ないような不思議や可能性に満ちていて、対する自分はあまりにも無力で、でもそれでいて何だってやれそうな。
そんな根拠のない爆発力と浮ついた感覚の中で毎日を夢中で走り回っていた。
1 平凡的男子高校生のススメ
梅雨が空け、空は早くも夏の顔をし始めている。
高校2年生の7月というのはあまりにも冗長だ。既に汗をかきつつある背中にげんなりしながら上るいつもの坂道も、同じ時間に追い越していくすし詰めの路線バスも、チャイムの音も、当然のように授業や掃除も。とにかく全てが新鮮味に欠け、どう頑張ったところで緊張感など持ちようがない。簡単に言ってみれば『つまらない』詩的に表現すると『アンニュイ』なのが高校2年の7月なのだ。
去年の今頃は確かにこうじゃなかった。
ようやく慣れたか慣れないかのクラスメイトや肌になじみ始めた教室や制服を『日常』と呼べるようになることそのものがとりあえず新鮮でワクワクした。ましてやもうすぐ夏が来る。バイトが出来る、遊びに行ける、もしかすると大人の階段をのぼってしまう!そんな奔放な季節に期待をしてしまうのは、少し前まで中学生という『大きめの子供』として扱われていた身には当然の事とも言えるだろう。
何をさておいても『自由』というのは魅力的だ。
それは多分世の中の大半がそうであり、男子高校生 田中正樹その男にとっても勿論そうだった。
義務教育の庇護の下では到底起こりえないような、そんな未知の世界が正樹を待っているのだ。そしておそらくそれら数々のエピソードの主人公は常に自分のはずで。
いざその時になって焦り失敗しないようにするためにはそう、イメージトレーニング略してイメトレが肝要だ。世界の有名なスポーツ選手も確かそんな事を言っていた。無欠のヒーローほど用意を怠らないものである。ヒーロー初心者の正樹もとりあえず先達に倣うことにした。
(予定はないが)国道4号線の最北端をめざす自転車旅行を想像した。
(あてはないが)海の家でのバイトを夢想した。
(免許はないが)そのバイト代でバイクを買うことを空想し
(勿論ry)バイト先で出逢った彼女と行く花火大会やその先のムフフな展開を妄想した。
とにかくあふれ出ても尚余りある夏への期待を脳内でひたすらシミュレーションしまくったのだ。おはようからおやすみまで、果ては夢の中までそうだったのだから最早ある意味「もう一つの現実」といっても過言ではない。結果当然のごとく一分の隙もない状態に仕上がった。完璧だ、グローインアップだ、まいったなこの夏は俺をまた一つ大きくしちまう、やれやれ。
…正樹の記憶が確かならば去年の今頃は確かそんな希望に満ち満ちた充実の7月を過ごしていたはずだ。
予想外だったのはそのストイックな自主練は更にそこから先、約40日間も続いたことだ。毎日を自室か幼馴染の親友カネフク(男)と過ごした結果、めくるめくラブ&コメディな展開は40日のうち1日たりとも来なかった。
自転車旅行はめんどくさいのでそもそも実行する気になれなかった。
腰を上げそびれた結果、結局バイトをしなかったのでバイクは買えず、すなわち乗せて走る彼女も出来るわけもなく。
仕方ないので花火はカネフクと二人で見に行くはめになり。
非の打ち所のないイメトレの成果は誰に披露するチャンスも来なかった。
明日こそはラノベみたいな出会いがあると祈りにも似た期待の中眠りにつき、目が覚めるとカネフクのしょっぱいツラと出会うためだけに外に出た。
得るものは特に何もなく、その事実自体が大きなものを失ったような気にさせた。
大いなる副産物として正樹の目が死んだ。
二学期になり、夏休みと引き換えに正樹が得たものは『自室の天井の木目をノールックで描き出す』という、聞くも涙語るも涙の誰得スキルのみという事になった。やることもなく自室でぼんやり天井を眺めている間にクラスメイトの中には付き合いだした奴らもいたりして、後発的に心も死んだ。あいつらついでに死ねばいいのになとも思ったが残念ながらそれは叶わず、つまりはどうやら呪術関係のスキルまでは上がらなかったようだった。
高1の夏休みを悲しいくらいカッサカサで過ごし、結論=夏が来るからといって過度な期待をするのは多感なティーンエイジャーにとってあまりにリスキーだと今の正樹ならば身をもって言える。悲しみを一つ知った分だけ大人になった現在の正樹は、あの浮かれた7月さえも一種の通過儀礼だと乾いた笑みで割り切れるまでになっていた。カッサカサの笑みで、だ。
そんなこんなで高校2年の7月は冗長なのである。
そうは言っても、夏休みはそれなりに楽しみにしている。
授業も掃除もなく、当然暑い中通学することもない。宿題という不可避の難敵はいるもののこの際それはなかったこととしよう。早朝エントリーを義務付けられているラジオ体操という孔明の罠でさえ高校生を前にしてはおよそ無力だ。その証拠に親も部屋まではわざわざ起こしに来ない。15を越えると『完全管理下の子供』だった我々は『神(母親)に寝坊を許されし遊民』へとクラスチェンジするのだ。
進学する気は元よりないが、それでも来年の今頃はそれなりに周囲が殺伐とし始める頃だろう。そんな中就職組だからといって手放しで遊び倒せるとも思えない。何の憂いもなく全力で楽しめる夏は多分今年が最後なのだと思う。ラブ&コメディ溢れるバラ色サンマーバケーションの夢は挫折はしたものの、その悲しい煩悩と期待を取っ払う事さえできれば、やはり夏休みというのはワクワクするものなのだ。
ワクワクを悲しみに変えないために、今年の正樹は初動こそ間違うまいと心に決めていた。
ところでカネフクは幼馴染であり正樹の親友である。
眼鏡、そこそこ勉強が出来、中堅クラスのオタクだが犯罪者クラスの性癖は持ち合わせていない、という見た目どおりの平均的凡庸な男子高校生だ。以前は正樹と同じマンションに住んでいたが数年前に家を建て、今は自転車で10分くらいとところに住んでいる。幼稚園から現在に至るまで同じ学校に通っていることもあり、なんだかんだで一緒にいることが一番多い相手である。
「なぁカネフクぅ」
「んー?」
「昔はさぁ、もっと世界は輝いて見えたよなぁ」
「昔って。お前去年の今頃だって『輝く夏は俺のためにある!』とか言ってたじゃん」
「去年のことはもう忘れた。てかそもそもラブコメなんて俺の柄じゃなかったし」
「おうおう強がっちゃって。でもまぁ確かに小学校の頃はもっと放課後が長くて楽しかったな」
「陽子と3人でめちゃくちゃいろんな事したもんな」
陽子というのはカネフクの双子の姉のことで、現在は市内の女子高に通っている。当然正樹にとっては陽子も幼馴染ということになるのだが、同い年にも関わらず便宜上の姉ということで正樹とカネフクは子分として色々とこきつかわれた、もとい、世話になったものだ。
「身体が小さい分世界がとっても広くてさ、新しいカネフクんちまで行くのも結構冒険だったんだぜ。今考えるととたった3~4kmなのに」
そうなのだ。子供の頃世界が広かったのは錯覚なんかじゃない。子供の足で動ける行動範囲、子供の身長で見渡せる景色、子供の経験則から推し量ることの出来る少し先の未来というのは今思い返すと物理的にとても限られていたのだと今なら解る。
少しずつ背丈が伸び、視点は高く視野は広くなり、段階を経て自由の幅が広がり、それが当たり前になっていく過程で世界がいつの間にか狭くなったように感じている。
そしておそらくそれすらもきっと錯覚だ。世界はまだまだ全然広くって、まだまだ全然ワクワク出来るはずだと。
そんなような事を言った正樹に対して、少し考えた後カネフクはニヤリとこちらを見た。
「じゃあさ、今年の夏休みは久しぶりにワクワクしようぜ」




