今夜はスズランを添えて
柔らかい毛布の底に、クスクスと自分たちの笑い声が滑り落ちる。向かい合って肩をすり寄せ、狭い世界の中で私たちは手を取り合っていた。
「足、少し冷たいね」
彼女は重ねている両足の間に自分の足を滑り込ませ、くるぶしの周りをするりとなぞった。
私は負けじと彼女の足の上へと絡ませ、柔らかな肌に自分の肌をすり合わせた。
「くすぐったいわ」
彼女は密やかに笑った。
私もそれにつられて笑った。
窓の外を見上げると、月が雲の間から弱々しく輝いている。欠けた月は少し寂しそうに思えた。
「ねぇ、もし生まれ変わったら何になりたい」
唐突に口を開いた彼女の表情を確かめるには、距離が近すぎる。私は少し悩むふりをして答えた。
「猫がいいな。気ままに生きて、たくさん昼寝して」
そして、どこかの街にいるあなたの幸せな顔を眺めて。切実な想いも、嫉妬やしがらみなんて醜い皮も剥いで、同じような鳴き声で鳴いて、時々誰かに擦り寄って、誰も知らない土地で眠りたい。そしたら、そこはもう楽園と呼んでもいい世界かもしれないから。
後に続く言葉は、折りたたんで窓の外に放り出した。もう幾度となく考えた妄想だ。
それも素敵ね、と言った彼女は少し唸るようにして毛布に顔を沈めた。まるで現実に決断を迫られたようだった。私はそんな彼女の小さな肩を抱いて目を閉じた。
遠くから車が走る音が聞こえてくる。風が吹くのに合わせて、カーテンが揺れる。瞼の上に落ちる月の光がゆっくりと踊った。どれくらいの時間が経っただろうか。じっと動かない彼女の顔を覗こうと首を傾げると、少しだけ寝返りを打って唸った。後から小さな寝息が夜の闇にひっそりと溶けていく。長い髪が動きに合わせて肩からゆっくりと滑り落ちた。おやすみ。口から出さずにひっそりと呟く。続いてゆっくりと意識を手放した。
朝日が昇る気配がする。この世の終わりと始まりに似た色をしている。隣で眠る彼女を起こさないように、そっと体を起こした。少し眉間にシワを寄せた彼女の寝顔は、少しだけ幼くて可愛らしい。まるで小さな赤子のようだ。
眠気を振り払うのと同じくらい惜しい熱が、遠慮がちに布団から離れていく。さよならをしなくちゃね。もうそんな時間だもの。
部屋を出て階段を降り、居間に続く襖を開ける。シャッターを開けると、隅にある仏壇で、笑顔でこちらを見るふたりと目があった。引き出しにまだ少し残っている線香を取り出し火をつける。お盆の時以来か。懐かしさが風に乗って、部屋に舞う。
そっと手を合わせようと目を閉じると、背中に先程置いてきた温もりが覆いかぶさった。
「お父さん、お母さん。私…幸せになるね」
まだ少し微睡みの色を含んだ声が、耳元で霞むように転がった。
そうね。なりなさい。
「お姉ちゃん、私、幸せになるからね」
目一杯なりなさい。
父の分も、母の分も、私の分も。いっぱい、いっぱい幸せになりなさい。
体をずらして隣で体を小さくして並んだ。横顔が光に当たって眩しい。私の視線に気づくと、少し目を合わせて微笑んだ。つられて私も微笑む。真っ直ぐに見るその顔に、もう幼さは少しも見当たらない。
「さ、早く支度をしないと。今日は慌ただしい一日だからね」
これから妹はとびきり綺麗におめかしをして、世界で一番の幸せ者になる。愛しい彼と腕を組んで、神の前で愛を誓う。
「ねぇ、お姉ちゃん」
猫みたいな声で、肩に寄り掛かってきた。昔から甘える時はずっとこれだ。
「なぁに」
私もまだ少し甘いかもしれない。
「私、生まれ変わってもお姉ちゃんの妹になるからね。猫でも犬でも。ミジンコでもね」
「…馬鹿ね」
そしたら、腕が二本ある生き物がいいかもね。また、こうして抱きしめて、笑顔で手を振って見送れるように。
最後までお読みいただきありがとうございました。