空の星、海の星
ある夜のことでした。
海の底では、ヒトデの子がずうっと上の方をながめていました。
「ヒトデくん、なにかおもしろいものでもあるのかい?」
ふしぎに思ったカニがヒトデのとなりにやってきて、いっしょに上をながめます。昼間ならばキラキラ光る波が見えるのですが、いまは夜なので、まっくらです。
「なんだ、なんにも見えないじゃないか」
「見えるさ。カニくん、ごらんよ。波のむこうの海に美しいヒトデの子がいるじゃないか」
カニは目をこらして波のむこうを見ました。すると、遠く遠く、ずっと上のほうに、ヒトデと同じように五つのとがった角をもった姿がありました。ただそれは、暗い色をしたヒトデとちがい、明るく瞬いていました。
「ヒトデくん、ありゃあ、きみの仲間じゃないよ。波のむこうにあるのは海じゃなくて空だ。きみに似た姿の子は、ヒトデじゃなくてお星さまさ」
「そうかあ、あの子はお星さまっていうのかあ。きれいだなあ。お友だちになりたいなあ」
カニは大きなはさみを振ってわらいました。
「むりむり。空のやつらはツンとすましちゃってさ、こんな海の底までやってきやしないよ」
「ぼくが空にいければいいんだけど」
「それこそむりってもんさ。ヒトデくんは魚たちみたいに泳ぐことさえできないじゃないか。きみやおれみたいなのは、海の底を歩き回るくらいしかできないのさ」
「残念だなあ。ほら、あんなに瞬いて、おしゃべりしているみたいじゃないか。あの子は、どんな話をするんだろう」
そのときでした。
お星さまはひとたび明るくきらめいたかと思うと、すうっと光の尾を引いて空をすべりおりて来るではありませんか。
「流れ星だ!」
カニがブクブク泡をはきながらいいました。
――ちゃぽん。
お星さまは波をくぐりぬけ、ゆっくりと海の底にしずんでいきます。あっちにひらひら、こっちにひらひら。
しばらくは気まぐれな潮の流れにのっていましたが、やがて砂の上に降り立ちました。
ヒトデは遠くに見える小さな光をめざして歩き出しました。カニもあわてて後を追います。
暗い海の底でたったひとつの光ですから、見失うことはありません。ヒトデとカニはすぐにお星さまを見つけることができました。
「こんばんは」
ヒトデがあいさつすると、お星さまは新しい出会いにちょっとうれしそうにきらめきましたが、すぐにがっかりした顔をしました。
「あなた、星じゃないわよね? なんだかそのへんの岩みたいな色をしているもの」
「うん。ぼくはヒトデだよ。きみとちょっと似ているよね」
「やめてよ。あなたみたいなのと一緒にしないで。わたしは星なのよ」
お星さまはヒトデから離れていきます。ヒトデは、お星さまと友だちになれるかもしれないとうきうきしていたので、ひどくさみしくなりました。落ち込んで、五つの角を内側に丸めてしまうほどです。
そんなヒトデを気の毒に思ったカニがいいました。
「きみがお星さまだってことは知っているよ。だって、ぼくたち、きみが空から落っこちるところを見ていたんだ」
「落ちたんじゃないわ。自分からおりてきたのよ」
お星さまは、きらりんと光っていいました。
それから、ふしぎそうに見つめているヒトデとカニにむかって話はじめるのでした。
「たいくつだったの。毎晩毎晩、おんなじ空の道をぐるぐる回るだけなんですもの。しかもいつだってほかの星たちとおんなじ早さで進まなくちゃならないのよ。早くてもだめ、おそくてもだめ。まわりはいつもおなじ星たちで変わり映えしないし、きれいな景色が見えたって、おもしろそうな話が聞こえたって、寄り道どころか立ち止まることさえできないの」
「だから空からおりてきたのかい?」
「そうよ。星たちは、おんなじ、おんなじ。なんでもみんなとおんなじ。かたくるしいったらありゃしない。わたしはいろんなものを見たいし聞きたいのよ」
「それで空から落ちて……じゃなくて、おりてきたのかい?」
「ええ。だけど、ちょっと失敗ね。こんな暗くてさみしいところにきたかったわけじゃないもの。もっとキラキラした街とかがよかったわ」
ヒトデとカニは辺りを見渡しました。まわりは岩と砂ばかりです。見渡さなくてもわかっていたことでした。なにかお星さまを引き留めるものがあればいいなと思って探してみたのですが、なにひとつありません。
「なんだ、なんだ?」
「どうした、どうした?」
お星さまの明るさに気づいて、海のなかまたちが集まってきました。タコやイカ、さまざまな魚たち。
「ややや。これは星の子じゃないか」
「どうした、落っこちたのかい?」
「迷子かい?」
みんなが心配して近づいてくるのを、お星さまは「いやいや」と体を左右に振るものですから、砂が舞い上がりました。みんなはゴホゴホとせきこみました。それでもお星さまはあやまりもしません。まるで邪魔者あつかいされたみたいで、みんなはちょっといやな気分になって、お星さまから離れていきました。
残ったのは、ヒトデとカニと、長い体のウツボだけでした。
「おじょうさん。そんなにつっけんどんにするもんじゃないよ。みんな、あんたのことを心配しているんだ」
ウツボのおばさんがいいました。
「だからなに? べつに心配してほしいなんていってないわ……きゃっ!」
返事をしながら声のする方を見たお星さまは、にょろりと長いウツボの姿におどろきました。そのようすを見たウツボはするどい歯の並んだ口を大きく開けてわらいました。
「なんだい、あたしが醜いかい? 自分とちがうものはみんな、醜いのかい? ヒトデなんて、あんたとそっくりの姿じゃないか」
「そっくりなんかじゃないわ。あの子は光りもしないし、はいつくばって歩くことしかできないじゃない。となりの子なんて横にしか歩けないし」
カニはムッとして、二本のはさみを振り振りいいました。
「じゃあ、きみはなにができるのさ?」
「いいわ。見せてあげるわ」
そういうと、お星さまは歌を口ずさみながらおどりはじめました。
シャラシャラと澄んだ美しい声にあわせて、体中が瞬きます。お星さまがくるくるひらひらおどるたびに、光が散りました。
「わあ。小さなお星さまがいっぱいいるみたいだ」
ヒトデとカニはうっとりながめています。
けれどもウツボだけは怒ったようにいいました。
「もうおやめ」
きこえているはずなのに、お星さまはおどるのをやめません。ヒトデやカニが見とれていることに気づいていたからです。
「おやめったら」
ウツボがまたいいました。
「ウツボのおばさん、いいじゃないか。お星さまもたのしそうだし、ヒトデくんもうれしそうだよ」
そういうカニも歌にあわせて泡をぷくぷくはいてたのしそうです。
「やっぱりお星さまはすごいや」
ヒトデは、五つの角を砂に打ちつけてぺたぺたと拍手をしました。
そのときです!
頭の上を大きな影が横切ったかと思うと、あたりの水がぐらぐらとゆれました。
「サメだ!」
いちはやく気づいたカニがさけびました。大きな影は円を描きながら海の底へとちかづいてきます。上の方でおどっていたお星さまは、大慌てで砂の上に降り立ちました。
「ほら、いわんこっちゃない」
ウツボがお星さまにいいました。
「なんなの、あの大きいの!」
「あんたのせいだよ。やつの気を引くようなことをするから。あんたが光をまき散らしたり波をおこしたせいで、サメのやつがやってきたんだ。食われるよ!」
「そんな……わたし、知らなかったんだもの」
「いんや。あたしは『やめな』っていったよ。話を聞こうとしなかったのはあんただ」
ふたりの間にカニがわりこんで、はさみを振り回しながらさけびます。
「おばさん、今はそんなこといっている場合じゃないよ! サメがもうあんなそばにきてる!」
「ああ、そうだね。……みんな、早くあたしんちに入んな」
ウツボは鼻先ですぐそばにある岩穴をさしました。
「ありがとう、おばさん! ヒトデくんも早くおいでよ!」
カニはいそいで穴に入ると、大きなはさみで手まねきしました。
けれどもお星さまはその場から動きません。こわくて体が動かないのです。
穴の中からウツボがさけびます。
「ヒトデのぼうや! よそものなんかほっといて早くおいで!」
「そんなことできないよ! ぼくたち、友だちなんだ!」
ヒトデがつなごうとした手を、お星さまは振り払いました。
「あ、あんたなんかと友だちになったつもりはないわ」
「そんなこと、どうでもいいだろ。それより、このままじゃ、きみは目印になってしまうよ」
そういうと、ヒトデはお星さまに砂をかけはじめました。
「ちょっと! なにするのよ!」
「いいからじっとしてて!」
お星さまがすっかり砂にうもれたころ、すこし動けば触れそうなほど近くをサメがとおりました。ヒトデは、お星さまのとなりに身をふせました。お星さまには岩みたいといわれた体の色のおかげで、サメにはヒトデの姿がよく見えません。そうと知っていなければ見つけられないはずです。お星さまが埋もれている砂は、五つのとがった角の形にもりあがっていますが、よくよく見ないとだれかがうもれているとはわかりません。砂の中なので、そとに光ももれません。
しばらくの間、サメはヒトデとお星さまの上をくるくる回っていましたが、やがて、
「たしかにこのあたりにいたのになあ」
と残念そうにつぶやいて、どこかへいってしまいました。
サメがもどってこないことをたしかめると、ヒトデはお星さまにかけた砂を払いました。カニとウツボも岩穴から出てきて手伝います。すぐにつるつるキラキラのお星さまがあらわれました。
「苦しかったろう? だいじょうぶかい?」
ヒトデがやさしく声をかけると、お星さまははずかしそうにうつむいて、
「だいじょうぶよ。ありがとう」
と答えました。
そこへ、すうっと波をつきぬけて、ひとすじの光がさしこんできました。
「……月のはしごだわ」
「はしご?」
「これをのぼって空へ帰るのよ」
「帰っちゃうの? もっときみの歌を聞きたいし、おどりを見たいよ」
ヒトデのことばに、カニもうんうんとうなずきます。
お星さまはちょっとだけうれしそうな顔をしましたが、すぐに首を横に振りました。
「だめよ。わたしがいると、みんなをあぶない目にあわせちゃうもの。さっきみたいにね」
すると、ウツボがいいました。
「そうじゃないだろ。そんなことヒトデもカニもそんなことはわかっていて、あんたにいてほしいっていっているんだ。あんたがこの子たちの心の中を決めるんじゃないよ。あんたはあんたで、自分の望むことを伝えるべきじゃないのかい?」
「わたしは……もっとなかよくなりたいわ。海のことももっと知りたい」
「ぼくがおしえるよ。ここに残ればいい」
「でも! ……やっぱり帰らなきゃ。あなたとわたしは姿が似ているけど、ちがうもの。わたしは空の星。あなたは海の星」
「ぼくたちのことを心配しているんだったら……」
「そうじゃないの。ここはわたしが住むところじゃない。あなたが空でまたたけないようにね。そのかわり、また来るわ。明日の晩も。その次も。そのまた次も」
お星さまは月のはしごをのぼっていきました。
ウツボやカニは自分のうちに帰りましたが、ヒトデはその場を動きませんでした。お星さまが空高くのぼっていって、たくさんの星にまぎれてしまうまで空を見上げていました。
やがて空が白みはじめ、星も月も見えなくなると、ようやくヒトデは動きはじめました。ヒトデの体についた砂の粒が朝日にキラキラきらめいています。その姿はまるでお星さまのように見えました。
☆ おしまい ☆