ジェノスよ!その受けキャン理由!俺が許す!
雨か。よく降るな。雨の日は稼働しないと誓った俺なのに何故か緑の合羽をきてウバックを背負いママチャリを漕いでいる。ウバ活しているわけじゃない。夕食準備中の妻に買い出しを頼まれ渋々雨の中スーパーに向かっている。
「悪いけど味噌とお肉、それからキッチンタオル、買ってきてくれない?」
「雨降ってるのに。やだね!」
「プリン食べたかったな~」
( ゜Д゜)
昨日の夜に冷蔵庫にあったプリンをこっそり食べていたのが既にばれていた。
家には早く帰るもんじゃない。
「こんなに雨降ってたらべちょべちょになる。」
「ご自慢のバッグがあるじゃない。」
( ゜Д゜)
というわけでいつものロードバイクではなく、ママチャリを漕いでスーパーに向かっている。西宮北口駅東側のアンダーパス・自転車専用道路の北側を出たところで一台のママチャリが止まっていた。雨の中うずくまってペダルを手で持ち、右に左に動かしている。チェーンが外れたみたいだ。
ママチャリってチェーンガードがあるから入れにくいんだよな~
どうする?パスする?手伝う?
あ、女の人だ!
男ってやつは、なぜこうも女に弱いんだ。
あれ?これってデジャブ?半年前にも全く同じシチュエーションがあったような。
しゃーないな。
「ちょっと見せてください。」
あ、これ、ほぼかかってるじゃん。簡単にはまりそう。ハンドルをもってペダルを力強く踏みこむ。ガッ、バン、ガシャーン、秒殺!
「直りましたよ(^▽^)/」
我ながら決まった!
「あ、ありがとうございます!助かりました!」
「また、ご注文下さい。」
「え?」
「あ、つい口癖でw お気を付けて!」
背中が熱い。羨望の眼差しで見つめられている背中が!
人助けっていいね。帰り道は軽快だ。さっきまでうっとうしかった雨が今はシャワーのように爽快だ。
「ただいま!」
「あら?声が明るいじゃない。何かいいことでもあったの?」
「それはちょっと言えないな。」
「何それ、どうせ女の人にお礼でも言われたんでしょ?」
「え、見てたの?」
***
週末、雨も上がり絶好のウーバー日和。意気揚々と、わるスポへ。わるスポはわるたんスポットの略ね。わるタンが良く待機する、涼宮ハルヒの聖地巡礼場所の一つ。神戸ではあとカブスポやロクスポなどがある。
わるスポはマイナーなので普段ウーバー配達員は誰もいない。居るとすれば、あ、居た。ジェノスだ。あのママチャリ。間違いない。
ジェノスは俺の弟子だ。Twitterで知り合いウーバーを紹介してあげた。ジェノスは何かと俺の真似をしたがる。俺が買ったヘルメットやスマホホルダー、ワークマンで買った緑の合羽まで同じのを買いやがった。でもあいつはママチャリ稼働だから被ってる感じはしないし、雨の日は俺ウバらないから合羽も被ることはない。
神戸の紹介報酬は東京や大阪の半分以下。二人で1日に2、3軒をはしごすればなくなる額だ。お互いの身の上を結構へべれけになりながら話すうちに親しくなった。ジェノスは彼女いない歴28年のかわいそうなやつだ。背丈や体型は俺と似ているが、顔の形が独特だ。芸人で言うとホームベースみたいな顔をした人、名前は忘れた。見慣れてくると何とも思わないが初めて見る人にはインパクトが強すぎるかもしれない。
「お、ジェノス。ちっす。今日、鳴ってる?」
鳴ってる?は配達員どうしの挨拶の言葉だ。配達員に注文オーダーが入る時、ピコーん、ピコーんと音が鳴る。鳴ってますか?=忙しいですか?みたいな感じ。
「あ、わるタンさん。ちっす。」
「あれ?声に元気ないじゃん。最近調子良かったのに、どうした?」
最近こいつ、女子ウーバー配達員と親しくなって調子乗ってたんよ。やたら頑張ってウバッてるのも、その子に会いたいが為に。ほんとわかりやすいやつw
「例のウーバーガールと何かあったの?」
「レイさんとは、僕としては信じられないくらい、いい感じなんですよ。」
「え?名前までもう知ってるの?」
「違いますよ。Twitter上での名前です。最近アカウントを作ったみたいで。レイさんがツイートしてくれるお陰で、彼女と会える機会が増えて。」
「おまえ、それ、ストーカーちゃうん?やめとけよ。気持ち悪がられてるで。」
「わるタンさん、聞いて下さいよ。それがですね。まんざらでもないんですよ。僕の思い過ごしかもしれないんですけど。」
「何がまんざらでもないんだ?」
「この前も、今日は鳴り渋いな〜高木公園ナウ、て呟いたら、その10分後にレイさんが現れたんですよ。」
「それ、偶然ちゃうん?」
「違うんですよ。彼女来るなり、あ〜まだ居て良かったって。呟いているのを見て急いできたって。」
「社交辞令でしょ?それよりもそのレイさんてどんな感じの人?」
「それが、僕の直球ど真ん中なんです!ど、ど、ど真ん中すぎて、始めは挨拶もまともにできなくて。レイさんから、今日は鳴ってますか〜て声かけてきてくれたんですけど、僕、びっくりしちゃって、な、な、納豆好きですかって、返してしまって。」
「お前アホか!怪しすぎるやんw」
「それが、彼女、爆笑しながら、何で私が納豆好きなのを知ってるんですかって!」
「え〜それまじ神やん!天使レベルやん!」
「初めはね、僕もレイさんて、誰にでも優しいし周りに気を使うことのできる人だから、自分にも優しいんだ。勘違いしたらダメだ。勘違いすればするほど後で悲惨な目に遭う。今までもそうだったから。でも、ダメなんですよ。どんどん彼女に惹かれていく自分を止めることができないんです!」
「おぉぉ〜それ、恋の暴走列車じゃん! Jアラートレベルじゃん!」
「一生分の勇気を集めて、こんど会ったら、友達からお付き合いしていただけませんかと、告白するつもりだったんです!」
「友達からのお付き合いって、何だそれw いやそれよりも、つもりって何だよ。しないのか?せっかく面白くなってきたのに。」
「もう俺ダメっす。メンタルぼろぼろです。一生彼女なんて無理っす〜(絶叫)」
「お、おい、落ち着け。ゆっくり話を聞いてやるから。」
ジェノスの話はこうだ。さっきのダウン先でのこと。
ピンポーン〜
「ウーバーイーツです。」
「ウーバーだ!ウーバーきたー!」
(男の子と女の子の声だな。仲の良さそうな兄妹だな〜ハッピーセットのおもちゃ待ってたんだな〜)
「どんなやつきた?」
「うわ〜まじきも。ママ〜キモいやつきたよ!」
インタホーン越しに聞こえてくる子供達の声が静かな廊下に響く。
ジェノス曰く、ハッピーセットのおもちゃを渡した時のあの子供たちの目が、エレファントマンを見るような目だったと。おい、エレファントマンていつの映画だよ。
「ジェノス、気にするな、どうせ子供の戯れごと、」
「子供たちには悪気はない。わかってますよ。素直な気持ちでキモいと言ってるんですよ。だから尚更なんです。あ〜やっぱり俺ってキモかったんだ。最近、わるタンさんやレイさんが普通に接してくれるから忘れてたけど、やっぱりキモいやつなんだって思い知らされましたよ。思い出したくない過去の出来事がさっきから溢れてくるんです。子供たちのあの目、今までどれだけあの目を浴びてきたか。なんで?なんで?って。みんななんでそんな目で見るの?今まで何千、何万回!」
ジェノスの悲しい学生時代の思い出は、初めて飲みに行った日に聞かされた。正直、かける言葉が見つからなかった。クラスメイトだけじゃない。先生にまで。彼が負った心の傷は今もなお深く体に刻まれ癒されることなく残っている。
お互い何も言うことができない。
…
ピコーん〜
鳴った。俺か?違う。ジェノスか。
「あ、わるタンさん。申し訳ないっす。鳴ったんでいきます。」
ジェノスが気まずいこの場から逃れるように、急いでチャリに跨り出ようとする。このまま行かせたら何かが起こりそうな嫌な予感がした。
「おい、待てよ、ジェノス。ちょっと落ち着いてから行けよ。」
ジェノスの肩に手を掛けた瞬間、ジェノスの重心が傾き、ちょうどそこに鳩が飛んできて、咄嗟に避けようとしたジェノスが勢いよく倒れた。
ガッシャーン、ドスン。
「い、いたた〜」
「お、おい、大丈夫か?すまん。」
「いいんすよ、もうどうなったって。行きます。」
今度は、しっかり跨りペダルを漕いで行こうとするが、ペダルが空回りして前に進まない。チェーンが外れたようだ。
これは簡単にはまりそうにない。工具を持ってきてチェーンカバーを外さないと。
「すまん。受けキャンするか?」
受けキャンとは、配達員が注文リクエストを受けた後、何らかの理由でお店にピックに行くのが難しくなった時にキャンセルすることをいう。受けキャンを何度かすると配達員には何らかのペナルティーが科せられる。酷い場合はアカウントが停止になることもある。なので、俺はよっぽどの理由がない限り受けキャンはしない。
「いいっすよ。行きます。わるタンさん工具持ってます?」
「あ、あるよ。俺がやるよ。」
4、5分ほどでチェーンは直った。しかしこの短い時間でも、お客様のお叱りを受けることがある。注文を受けた時点でお客様には配達員の位置が見えるからだ。急いでいるお客様は終始配達員の位置をチェックしている場合もある。同じところで動かず何してたんですかと。
「ジェノス、俺も一緒に行かせてくれ。もし、お客さんにイチャモンつけられそうになったら、俺が事情を説明して謝るから。」
そこまでしなくったっていいとジェノスは言ったが、俺は何だか胸騒ぎがして、あれやこれやと理由をつけてついて行った。
こうやって二人で配達するのも、ジェノスの初配達以来か。あれからもう半年が経ちジェノスも俺も節目の1000配達を超えた。その間に俺はゴールドパートナーになった。ゴールドパートナー、通称GPは、評価期間中に一定の配達をこなし評価が98%以上、その上に幾つかの条件をクリアしたら、ウーバーから貰える称号だ。ジェノスは残念ながらGPになれなかった。俺はジェノスこそGPの名にふさわしいと思っている。あいつは晴れの日も雨の日も風の強い日もウバっている。悪天候の日に稼働すると、どうしてもbadを受けやすくなり、当然評価は下がる。俺はそれが嫌で悪天候の日には稼働しない。しかしあいつはそういった条件の悪い日こそ好んで稼働する。
ジェノスがなぜ雨の日に頑張るのか、その理由を俺は知っている。俺のGPを祝って二人で飲みに行った日、回らない呂律を回しながらあいつが話してくれた。あいつは母ちゃんと二人っきりの家庭で育ち、高校を卒業して、町工場で勤めるようになった。これからやっと母ちゃんに楽をさせてあげられると思った矢先、40半ばだったジェノスの母が夕食の準備中に何の前触れもなく突然倒れた。雨の日だった。渋滞で救急車がくるのが少し遅れたが、受入先の県立西宮病院にちょうど専門医が待機していたのが功を奏し、一命を取り留めた。予断を許さない状況の中、母の意識が戻り、その第一声がチキン美味しかったねと。
ジェノスはすぐに何を言っているのかわかったらしい。初任給を貰った日、「母ちゃん、焼肉食べに行こう!」と誘ったのに、「ケンタッキーのあの丸い大きな容器に入ったの一回頼んでみようよ。」と言うことになり、宅配でパーティーパックを届けてもらった。温かい食事を囲みながら、夜通し話が尽きることのなかった、あの日のことを思い出しての一言だった。
「ケンタ君、いま頼むからな。あの時、話してないこと、俺まだいっぱいあるんだ。彼女に振られた話も。」
「それは楽しみだね。」
以前のように宅配で頼もうにも、雨の影響で配達員がいないのか、注文を受けつけてくれない。病院から西北のケンタまではそう遠くない。自転車でなら10分で行ける。
「俺、ちょっと買ってくるわ。」
…
帰ってきたジェノスを待っていたのは、いたたまれない現実だった。処置した動脈瘤とは別の箇所で違う動脈瘤が破裂した。再度の緊急手術が行われたがその甲斐なく、ジェノスの母は帰らぬ人となってしまった。
「わるタンさん。俺ね、雨の日に配達してるとね、あの日のことを思い出すんすよ。そんな神妙な顔、しないでくださいよ。楽しい思い出なんすよ。母ちゃんね。俺が戻ってきたら今度はどんな話をしてくれるんだろうって、すごい楽しみにしてたと思うんすよ。楽しみだね、と言ったときの母ちゃんの顔が本当に嬉しそうで楽しそうだったの。絶対いい夢見ながら眠るように…わかるんすよ。だって俺もそうだったから。雨の中、ケンタ君の包みが濡れないように病院に向かっている最中、ちょっと恥ずかしいけどあの話もしよう!あれ話したら母ちゃん爆笑するだろうなあとか思っちゃったら自然と自分でも笑っちゃって…」
「… 」
「わるタンさん。俺わるタンさんに感謝してるんすよ。ウーバー紹介してくれて。配達してるとね、なんだか温かい気持ちになるんすよ。雨の日なんかは特に。」
「ジェノス、お前ってやつは…」
…………
あ、いかん、いかん。思い出すだけで涙が出てくるわ。目の前がぼやけてしまって危ない危ない。嫌な胸騒ぎはあったがどうにか二人、事故ることなく岩園町のドロップ先に到着した。静かな住宅地の古い3階建てのマンション。オートロックはない。
「わるタンさん。ここでいいっすよ。3階なんで俺さっと言って、、」
ピコーン
「あ、数珠った。次のオーダー取っちゃった。急いで行ってきます。」
俺は1階で待つことにしたが、ジェノスが階段を上がる音が良く響く。声もクリアに聞こえそうだ。
ピンポーン
「お待たせしました。ウーバーイーツです。」
ガチリ、ガ、ガ、ガちゃん
「本当に大変お待たせして申し訳ありません。」
「ほんと、どれだか待ったか!あなたはわかっていないと思います!」
え、トラブルパターン?おい、ジェノス、言い訳せずにひたすら謝れ!言い訳しても火に油を注ぐようなもんだぞ!
「自転車のチェーンが外れて、、」
「そんなこと聞きたくてあなたを呼んだんじゃないんです!」
ほら、みろ、いわんこっちゃない。ん?あなたを呼んだ?!
「え、え~~~!」
え、なんだ、なんだ、どうしたんだ。
「え~~~!レイさんがなんで!」
「私、ずっと待ってたんです。…なのに、、、あなたがわるスポに居ると呟いたとき、もし近くのケンタッキーを注文してあなたがきてくれたら…」
え、なんだ、なんだ、この展開は!
「私、実はストーカーしてました。あなたに自転車を直してもらったあの雨の日から……」
え、なにそれ、なにそれ?
「あの日、私、本当に困ってたんです。大事な試験があって。チェーンが外れもうパニックになって、誰か助けて~って心の中で叫んだら、ちょうどあなたが現れたんです!名も告げず、またご注文してくださいって、謎の言葉を残して。でもあの大きな背中のバッグをみて、ウーバー配達員の方なんだと直ぐわかりました。」
「ちょ、ちょっとレイさん、え?あれ?ん?」
「それから私、一言あなたにお礼が言いたくて、ずっと探してたんです。探すまでは簡単でした。雨の日には決まっていつも西宮北口の駅近辺を緑の合羽を着たあなたは走ってたので。」
「そ、それは、僕ですけど、あれ?」
「何度も何度もお見かけしたのに、声をかける勇気がなくて。私、あなたにお礼が言いたくてウーバー始めたんです。初めてあなたに声をかけた日のこと覚えてますか?」
「そりゃーもちろん!納豆好きですかって。忘れられませんよ。」
「私も!それからもう忘れられなくなって…、あなたともっとお話がしたくて、それでTwitterも始めたのに!あなたと話していると、いつもあなたが鳴るので…、ゆっくりお話できる機会がないかなって思ってた時にちょっとずるいこと思いついちゃって(〃^∇^〃)ゝエヘヘ、あの~よろしければケンタッキー一緒にどうですか?パーティーセット頼んじゃった。」
「も、も、もちろんです!」
「次の配達、大丈夫ですか?数珠ってないですか?」
「受けキャンします!します!自転車、ちゃんと止めて鍵かけてきます!」
ジェノスが飛んで降りてきた。
「わ、わ、わるタンさん!どうしよ、どうしよ!いっていいの!」
「あ、あ、当たり前だろ!行ってこい!でも、お前、受けキャン理由どうするんだ?なんか適当な理由あったか?」
「こういうのダメっすか?初めての彼女ができそうだから!」
「!」
ジェノスよ!その受けキャン理由!俺が許す!