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向いてない女優 3

 私たちが同時にきょとんとした声を上げたのに、今度は大男のほうがきょとんとした顔をして見せた。目は存外にくるんくるんしていて、大男のものは思えないくらいに可愛らしい。


「ええっと、そっちのモデルさんみたいな子が、大人しそうな子を殴っているように見えたんだが……違ったか?」

「あ、これ?」


 私はもう一度矢車さんのお腹に拳をつくって手を当てると、意味が理解できたらしく、矢車さんは「あ、え、い、う、え、お、あ、お」と腹式呼吸で声を上げた。

 それに大男はびっくりしたように目を瞬かせた。


「ああっ、すまんすまん。演劇部の練習だったか……!」

「いえ。演劇部じゃないです。というか、うちの学校にありましたっけ?」

「じゃあ、それは?」

「映画を撮ろうと思って。素人監督に素人女優で大したことないですけど」


 私が淡々とそう告げると、矢車さんは大男にビクビクしながら、私の言葉に同意する。


「きゃ、くほんは……全部、覚えられたんです……でも私、演技は全然で……まずは駒草さんに声の出し方を指導してもらってたんです」


 たどたどしいながらも、矢車さんの説明を受けて、大男はようやく納得したように顎に手を当てた。


「ああ……すまんすまん。映画かあ……今って映画は大きな映画館以外だと全然しないから、思いもつかなかった」

「いえ。私たちのこと放っておく人のほうが多いのに、声かけられたのは初めてです」

「そうかそうか! でも……たったふたりで映画を撮るのか?」


 当然なことを言われて、私と矢車さんは顔を見合わせた。青田は私の横でひょこひょこと踊っている……なんで踊るんだ。


『そりゃね。見てた限り、麻はびっくりするほどに人を怒らせてばかりだからね。今の時代の人って短気だから、最後まで麻の話を聞かないからかもしれないけれど』

「青田うるさい、ちょっと黙ってて」

「ん? あおた?」

「すみません、こっちの話です」


 また青田のせいで、私が変人みたいに思われてる。私が思わず横をきっと睨むけれど、青田はひらひらとフラダンスみたいな踊りを踊っているだけだ。だから、なんで踊るの。

 大男の問いには、矢車さんがたどたどしく答えてくれる。


「ま、だ……人が集まっていないみたい、で……私も、駒草さんにスカウトされただけで、未だに他の配役は、決まってないです」

「ふむふむ……てっきりふたり芝居でもすると思ったんだが……そうかそうか。それ、俺も読んでみていいか?」


 大男はひょいと矢車さんに渡した脚本のコピーを指差すので、矢車さんはそれを怖々と渡した。大男は太い指でぱらぱらとコピーをめくる。途中で「はあ……」とか「ほーん」とか言いながら読むのに、いったいなんなんだろうと思って見ていたら、ぱたんと脚本を閉じた。


「はあ……大したもんだなあ、この脚本。セリフしか書いてないのに、本当に面白かった。これ、君が書いたのかい?」


 私を指差すので、思わず首を横に振った。書いたのは青田であり、私はあくまでこいつの成仏のために撮る側に回っただけだ。私の反応に、矢車さんも意外そうな顔をする。


「あれ……? この脚本、駒草さんが書いたんじゃ、なかったんですか……?」

「私は書いてない。たまたま映画部の脚本が手に入っただけ。全然誰も撮影してないから、私が撮影しようと思っただけ」


 そう言うと、青田はにこにこしてこちらの横顔を覗き見てくるのに気付き、私は苛立って足をガンッと蹴り上げた。そしたらオーバーリアクションで、『痛いっ!』と跳ねて叫んでくれた。

 それに大男は納得したような顔をした。


「ふうむ……脚本だけ残ってるのを、こうして形にしてみようと思ったのかあ……そうかあ、いやあ。高校生って面白いなあ」


 そう言ってカラカラと笑う。

 どうにも、同じ学校に通っているんだから、便宜上は自分も高校生だってことをわかっていないらしい。まあ、見た感じ私たちとはひと回りほど離れているから、同じ学校の生徒だっていう実感が沸きにくいんだろう。

 私がそう納得したところで。青田はまじまじと大男の隣に立って彼を上から下まで眺めてはじめたのに、私は内心ギクリとした。

『空色』の脚本には、主な登場人物は男の子と女の子と書かれている。エキストラとして、地元民とだけ書かれて、セリフもほとんどアドリブとしか書かれてない存在がいるから、メインふたりさえ決まればいいけど。

 目の前のずんぐりむっくりしている人を、もうひとりの主役にしよう、なんて思ってないでしょうね……?

 脚本を読んだ限り、矢車さんは大根役者とはいえど、イメージとしては限りなく女の子の役に向いているけれど、この大男は男の子というには年が離れすぎているし、あの切ない雰囲気の脚本に、こんな人がメインを張ってしまったら、言っちゃ悪いがムードぶち壊しだ。もし矢車さんのときみたいに『彼がいい』とか言い出したら張り倒してやろう。そう私が勝手に決心していたら、ようやく青田が戻ってきて、私に進言してきた。


『ねえ、この人も映画づくりに巻き込めない?』

「……言っておくけど、もし主役のひとりにするなんて言い出したら、あんたをぶん殴るからね」

『いや、肉体労働なんだねえ。筋肉すごい。これだったら、逃避行中に出会うトラックの運転手役にも合うし、なんだったらトラックのシーンをワンカットつくって調整してもいい。なによりも、ロケに行くときに車の運転してもらえるんじゃないかなあ』


 そうマイペースな青田の言葉を聞いて、ようやく気がついた。


「あの……私は、二年の駒草って言います。あなたは……?」

「ああ、俺ぁ蓮見嵐って言うんだけど。トラック転がしながら、休みの日に学校に来てる」


 そう屈託なく笑うのに、私は青田と顔を見合わせた。隣には矢車さん。矢車さんは蓮見さんが割といい人そうなのを見て、私と一対一でしゃべっていたときよりもリラックスしているみたいだ。

 私だと、どうしても同い年の子を怖がらせるか怒らせるかなしゃべり方しかできないし、社会人やってる蓮見さんのほうが落ち着いてるみたい。

 意を決して、口を開いた。


「あの……映画撮影に、協力してもらえませんか? まだ役者も全然揃ってないんですけど、男手があったほうが助かることもあるんで」

「おう? 俺みたいなずんぐりが映画なんかに出ても、そこのお嬢さんの相手なんか務まんないだろ?」


 あっさりと言ってのける蓮見さんに、矢車さんは勝手に肩を強ばらせた。だから、蓮見さんを主演にする気は全くないんだったら。

 私は蓮見さんの言葉に、軽く首を振った。


「別に役はいくらでもありますから。私は演技指導とカメラがありますから、演技することができませんし。他の役者をスカウトするのに、女ふたりでするのもなかなか難しいですから」

「ああー……そういう」


 この人も、うちの学校の柄の悪さで声をかけにくいことがわかってくれたらしい。納得したように顎を撫で上げながら、笑った。


「おう。そういうことだったらいいぞ。まさか、この年になって高校生とまともにしゃべれるとはなあ……!!」


 そう言って笑うと浮かぶえくぼが、蓮見さんみたいな大柄な人をチャーミングに見せるんだから、いろいろとすごい。

 これで、あと主演のひとりが見つかったら、もっとちゃんとした練習や撮影がはじめられるのかな。

 私は隣にいる青田を見た。青田はにこにこと、心底楽しげに笑っていた。こいつは、どんなにカメラを回しても撮れないのだから、少しだけ悔しいと思った。

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