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フレームの向こう側─私と彼は透明なキスをする─  作者: 石田空


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向いてない女優 1

 パソコン室は、週に一度、資格試験の受験者たちに貸し出される以外は閑散としている。印刷は自由だし、ネットサーフィンも思うがままだ。

 だから私は青田がパソコン室の中を面白がって散歩しているのをよそ目に、あれこれとネットで調べていた。本当だったら家のパソコンで全部賄える訳だけれど、私がパソコンを自主的に使っているとお母さんの態度が悪い。

 お母さんは私を子役にしたのはいいけれど、鳴かず飛ばずだったために、今度は逆に堅実路線に行かせたかったみたいだけれど、現実として私は落ちこぼれて単位制高校に入った。そのあたりからますます親子仲は冷え込んでしまっていた。

 お母さんは、見栄っ張りだから。今はそういう人なんだと諦めている。

 それはさておいて。

 ネットで調べていたのは、脚本に手を加える方法。撮影ポイント。それらを時には印刷し、それらをノートにぽんぽんと付箋と一緒に貼り付けていったら、最初は薄っぺたい大学ノートだったそれも、すっかりと皺が寄って波打ってしまっていた。

 それらの作業が終わったら、今度は図書館へと移動する。うちの学校の図書館にはほとんど人がいない。普通の高校だったら委員会活動があるけど、うちの学校だとあってないようなもんだ。図書館には司書以外は、せいぜい本当に本が好きな子が本棚のあちこちで立ち読みしているのが見られるくらいで、人がほとんどいない。

 私は閲覧コーナーに座ると、ノートを広げて中身を見ながら、脚本に付箋を貼りながら書き込みを加えていっていた。撮影したい場所、時間をどんどん入れていく。


『すごいね。麻のセンスはすっごくいい』

「……別に。あんたが生前のときは、もっといいものがつくれたんじゃないの?」


 これは別にお世辞じゃない。今時、映画撮影って流行らないんだ。動画サイトには素人の投稿がいくらでも映っているけど、企業以外のショートフィルムなんてほとんどない。

 そもそも映画なんて誰も見ないもの。最近はレンタルショップだって無料配信サイトに負けてどんどん潰れていっているし、今は映画はお金を払って劇場で見るものではなくて、ひとりでこっそりネット配信のものをパソコンやスマホで見る時代に移り変わっている。そんな中、時代に逆行したことをしている自分が少し馬鹿らしい。

 でも、青田は私の皮肉を否定することなく『ふふっ』と笑っている。


『だっていい時代じゃない。僕の時代だったら、もっとたくさん人を集めなかったら映画なんてつくれなかったけど、今は映画好きがちょっと集まればつくれるんでしょう? それってすごいことだよ』

「またいい加減な……」

『だって嬉しかったんだ、麻のカメラを見たとき』


 私の下手っくそなカメラ映像のどこが、そんなに青田の琴線に触れたのかはよくわからない。ただあの映像を見てから、隙あらば青田は私のことを褒めちぎってくる。

 青田は顔をくしゃくしゃにして笑いながら、続ける。


『あの絵はただ撮ったんじゃなくって、物語性があった。だから、麻だったらあの映画が絶対に撮れるって』


 それに、私はギクリとした。

 ……たしかに、これは「この絵がこのシーンの間にあったらいいな」「この絵の中でこんなBGMが流れたらいい」と考えながら撮ったものだ。でもシーン分割していても、私の書き方だと映画を撮っていたはずの青田から見たら滅茶苦茶で、絶対にわからないと思っていたのに。

 青田がにこにこ笑っているのに、私はただ「ふうん」としか返せなかった。

 気恥ずかしくなって、そのままノートを閉じる。すっかりごわごわして閉じにくくなったそれを無理矢理鞄に押し込んで、「帰ろっか」とそっと青田に言って、図書館をあとにするけど。


『麻、麻』


 青田はちらちらと図書館を見ながら、私に声をかけてくる。


「なに、もう帰るよ。今日はやることないし」


 まだ図書館にいたかったんだろうか。そうは言っても、青田は物に触れられないし、本なんて私がいないと読むことだってできないはずなんだけど。

 青田は顔を青ざめさせて、こう訴えてくる。


『脚本! 図書館に置きっぱなし!』

「あ……」


 まずいまずい。脚本なんてあれ一冊しかないのに、いろいろ書き込んだあとなのに。こいつが成仏するしないはともかく、やりかけたことを放置するのも据わりが悪い。

 私は慌てて図書館に戻ると、司書さんがこちらのほうに「図書館は静かにね」とやんわりと声をかけてきたので、思わず頭を下げる。

 閲覧席で私と青田が使っていた席を見ると、既に誰かが座っていた。

 この学校の制服を珍しくきちんと着ている子で、髪は今時珍しいお下げ。メガネに嵌め込んだレンズは瓶底のように分厚く、その子は真剣な顔で読んでいたのは……私がさんざん書き込みを加えた脚本だった。


「あの、ごめん。それ返して」


 私が声をかけても、その子は必死で脚本に目を追っている。私はイラッとして、声を張り上げる。


「あのっ、ごめんっ、それ返してっっ!」


 途端にその子は肩をオーバーなくらいにビクンッと跳ねさせて、こちらを見上げた。目尻には涙が溜まっていた。


「ご、ごめんな、さ……い……」

「うん」


 そのまま脚本を鞄に入れて帰ろうとしたら、今度は青田がぐいぐいと私の腕を掴んできた。こいつが腕を掴んできてもなにも感じないけれど、こいつの顔が仰け反らないといけない近付くのはよろしくない。


『麻、麻! この子! この子いいよ!』

「……なにが」


 私を涙目で見上げて縮こまっている子に聞こえないように、声を萎ませる……オーバーリアクションしても見えない人間だということを、青田は自覚したほうがいい。

 青田は、私がカメラを見せたときと同じくらい、頬を紅潮させながら興奮している。


『この子、「空色」の主人公にいいよ! すっごくいい………!』

「……はあ?」


 青田のひと言で、私はもう一度彼女を見下ろした。この子はおどおどしながら、肩を竦めさせながらこちらを窺い、小さく小さく言った。


「ご、ごめんなさい……人のを、勝手に読んで……」


 小さい声だけれど、鈴を転がしたように通る声だ。

『空色』の主人公ふたりは、しゃべっている感じを見ても、転校する女の子はにこにこ笑って屈託がなく、自由奔放にあちこちを歩き回り、男の子を困惑させる役回りだったはずだ。たしかに夕焼けのシーンで、彼女の囁いた声は映えると思う。

 でも……。

 幼稚園の頃から腹式呼吸をさんざん仕込まれた私からしてみれば、まずどんなに声が通っていても、声が出ていないように聞こえる。たしかに演技っていうのは、声が出る出ないだけで判断できるもんじゃない。でも最低限マイクで拾える声じゃなかったら話にならないのは事実だ。


「……滑舌が悪い」

「えっ?」


 いきなり私に駄目だしされて、びっくりしたように彼女は目を丸くした。


「声はいいけど、それじゃ演技にならない」

『演技って、声だけでするものじゃないよ?』


 青田はむっとしたように反論するけれど、私は言う。


「目は口ほどに物を言うって言うけどね、目はメガネで隠れてるし、声は出てないし、どんなにいい表情をしていい声を持っていても、話にならないの。映画撮ってたんだったらわかるでしょう?」

「あ、あの……」


 私の白熱してきた態度に、青田はなおも声を張り上げる……なんで幽霊のほうが人間よりも声が大きいんだ。こっちだってさんざん抑えてしゃべっているというのに。


『磨かなかったら、どんな宝石だって原石のままなんだよ! いいって思うんだったら撮るべきだ! 磨けば、光るんだから!』

「訳わかんない。駄目だって言っているんだから駄目なの!」


 だんだんと声が大きくなってきたのに、見かねて鈴を転がしたような声の彼女は「あ、あのう!」と声を上げる。


「ご、めんなさい……その……怒らせてしまいましたか? えっと、駒草さん」


 そう言われて、私はようやく気が付いた。

 普段から授業はやる気があったりなかったり。クラスメイトともまともにコミュニケーションを取っていない私は、この子がクラスメイトだということに、今の今まで、気が付かなかった。ええっと……名前が思い出せない。


「ごめん、誰だっけ?」

「あ、私のほうこそ……矢車……百合です」


 そう言ってはにかんで笑った。なるほど、たしかに聞き覚えがあるような、ないような気がする。

 そのはにかみ具合を夕焼けで透かして見れば、たしかに絵として映える。私はやっと青田が言いたいことがわかったような気がした。


「矢車さん。映画は好き?」

「はい?」


 唐突な申し出に、当然ながら矢車さんは困惑していた。

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