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完成しない脚本 3

 そのひと言に、私は顔を引きつらせた。

 映画部だったならわかるだろうに。私だって、フレームの向こう側に一度も行けなかっただけで、映画づくりがどれだけ大変かくらい、わかっている。


「あんた、ばっかじゃないの?」

『え……』

「私が撮ったとしても、役者がいないじゃない。最低でもふたりだし、端役を出すんだったらもっといる。カメラどうするの? 撮影どうするの? これ、ちょっとシーンを分割しただけで二十個はある。それを高校生で撮るの? ばっかじゃないの?」


 今はデジカメひとつでもそれっぽい映像は撮れるけれど、あくまでそれっぽいだけで映画にはならない。

 シーンひとつを分割して撮影し、さらに繋がないといけない。

 ときどきドラマでも「このシーンとこのシーン、俳優の髪が違う?」「このシーンとこのシーン、矛盾している?」と首を傾げることがある。それは演出家が撮った映像を繋げたりカットしたりを失敗した場合発生する事故だ。

 映画はざっと見積もっても三十分も満たないショートフィルムだ。それでも二十個もシーン分割してるんだから、いったいどれだけ時間がかかるのか。

 私が一気にがなり立てたけれど、青田はひるむことなく、むしろ目をきらきらと輝かせてこちらを見てきた。


『……すごい』

「はあ?」

『すごいね、映画のことこんなに詳しいなんて! うん、無理な脚本だと僕も思うよ? だから近場で済ませるように、季節のこともぼかして考えていたから、もっとシーンをひとつにまとめて、四つくらいに区切ればいけるかなと思っていたんだけど。まさか二十個だって看破した挙げ句に「無理」って言ってくれる人が現れるなんて思ってなかったよ! すごい!』


 こんなの別にすごくもなんともない。置物同然で映画に関わっていたら、誰だって察することができる話だ。そう青田に言って混ぜっ返すこともできたのに、何故か私にはそれができなかった。

 私ができたのは「別に」と言ってそっぽを向くことだけだった。

 青田はそれでもにこにこと笑う。


『ねえ、君のことはなんて呼べばいい? 映画を撮ってって頼むのに、名前がないままじゃ可哀想だ』

「……まだ撮るなんてひとっ言も言ってないんだけど」

『えー? こんなに映画に詳しいのに? もったいないよ』


 そうなんの迷いもない目をされると、胸の中にドロリとしたものが沸いてくる。イラついてくる。普段の私だったら、間違いなく脚本をぶん投げて、青田がどうなろうか知ったこっちゃないと放置して家に帰っていただろう。

 それでも脚本を手にしたまま、青田をじっと見ているのは。

 ……多分、憐憫だ。こいつは志半ばで死んでしまって、幽霊になって、今も誰にも見つかることもなく、脚本にしがみついているのが、憐れでならないんだ。

 学校に通っていても幽霊のようで、誰にも相手にされない。それは楽だけれど、ときどき自分は透明人間じゃないかと思ってしまう私の同族だと、勝手に設定してしまったんだ。

 私は息を吐いたあと、ぼそりと呟いた。


「……麻」

『え?』

「駒草麻。私も映画撮るなんてはじめてだから、いきなり撮れと言われても、右も左もわからないんだけど」


 私が振り返ると、青田にサーモンピンクの空が透けて見えた。青田の頬が赤いのは、なにも夕焼けを透かして見せているからだけではないらしい。青田は迷いなく私の手を取った。でもスカッと腕が透けてしまい、握手するどころか、手を繋ぐことさえ無理だった。

 それでも、青田はにこにこと笑ってみせたのだ。


『うん、よろしく! 麻!』

「……初対面の人間を呼び捨てな訳?」

『あ、あれ? 君は麻って名前じゃなかったっけ?』


 嫌みのひとつも通じない青田に溜息をつきながら、私は青田を睨んだ。

 透明人間状態だった私を見つけたのが、幽霊の青田だなんて、洒落にならない。

 映画を撮る撮らないはともかく、こいつをひとまずどうやって家に連れ帰ろうかと考えた。そういえば。

 私はふと空の色を仰いだ。

 こんな風に穏やかに空の色を眺めることができたのは、いったいいつぶりだろう。小さい頃からずっと神経をすり減らして、脚本を読んで演技の勉強をしていたのだから、空を仰ぐ暇なんて、ほぼなかったはずなんだ。


****


 一応、ロケには行ったことがある。相変わらず端役だった私は、ほぼ動く大道具同然の扱いだったけれど、かろうじて子役だったことをいいことに、映画俳優のおじさんたちにはそこそこ可愛がってもらっていた記憶がある……今思えば本当にすごい大物俳優ばかりで、それを「おじさん」呼びしてしまえた私の神経は、今よりも太かったんじゃないだろうか。

 役者としてのそれは知っていても、私は監督ではなかったから、映画の撮り方の段取りなんて知らない。家に帰って、早々にスマホを取り出して検索をかけ、メモを取りはじめた。

 私の近くで、青田はスマホを不思議そうに眺めている。


『それなに? 写真が写ってるけど……』

「スマホ。スマートフォン。今はこれで電話したりネット検索したりできるの」

『ねっと……?』


 ……青田の生きていた時代って、もしかしてインターネットがなかった頃なんだろうか。私はしばらく考えてから、「携帯電話って知ってる?」と聞いてみた。

 青田はぶんぶんと首を振る。


『大人はものすっごく大きなものを肩にかけていたと思うけど、携帯電話なんて持って歩くもんじゃなかったよ』

「多分それ、私が生まれる前の携帯じゃないかな……」


 これじゃきっとパカパカ開閉するガラケーだって知らないだろう。パソコンだって怪しいもんだ。ひとまず私は青田を無視することにして、スマホで検索をかける。

 意外なことに、個人で映画撮影をしている人は結構いて、映画スタッフの募集をかけているサイトやら、撮影日記をつけているブログやらも見つけることができた。私はそれらを流し読みしながら、映画撮影のノウハウの書かれたサイトを見つけ、そこに書かれているソフトを眺める。

 うちのパソコンは、お母さんが私に最低限、ワープロソフトと表計算ソフトの使い方だけでも勉強させようと思って買った中古のパソコンだ。あれにこれだけのソフト入れられるのかなと思う。

 青田は後ろからそのソフトも不思議そうに見ている。


『いっぱい箱が写ってるけど、これなにに使うの?』

「……一応聞くけど、ネットもわからないって言ってたけど、パソコンで映画を編集するって言ってもわからないかな?」

『えっ……! パソコンって、大きな会社にしかないものじゃなかったの!?』


 ……やっぱりか。青田はいったいいつ生まれでいつ死んだんだろう。


「ざっくり説明すると、カメラは私の持っているデジカメ……ええっと、デジタルカメラって言うの……でなんとか映像は保存できるけど、それぞれのシーンを切って繋ぐ編集作業をするのに、そういうソフトがいるの。そこでBGMを流したり、余分なシーンをカットしたりするんだけど……わかる?」

『え、フィルムで撮りっぱなしなもんじゃなかったの? そんなの映画会社じゃなかったらできないと思ってたんだけど。素人でもできるの?』


 ……一応パソコンの容量にも寄るけど、その手のソフトで編集できるし、撮れるみたい。使い方はいろいろ撮って編集する練習してからじゃないと使えないけど。

 ひとまず私はそれぞれのソフトの名前と値段を検索し、顔をしかめた。うちにあるお年玉で、いったいどれだけ揃えることができるだろう。

 青田がジェネレーションギャップで苦しんでいる間に、私は値段のことをぐるんぐるんと考えていた。

 子役時代に稼いだお金なんて、本当に微々たるものだ。動く大道具、セリフなんてなし、むしろフレームの向こう側になんて行けやしなかったから、いてもいなくっても同じだった。

 それがなんの因果か、撮るほうに回ろうとしているんだから、世の中どうなっているのかわかったもんじゃない。

 うちのパソコンの容量を確認し、ネットで編集ソフトを注文した。

 そして私の持っているデジカメの充電具合をたしかめてから、それをかざしてみせた。青田はそれも不思議そうに眺めている。


『それなに? 小さいね』

「デジカメ。青田が生きてた頃ってカメラはなかったの?」

『え……こんなに小さくなかったよ!?え、すごいすごい……!』


 私はなにげなく青田をカメラに映してみようとするけれど、肉眼ではたしかに見えるのに、カメラは青田を捉えることはできなかった。

 一応、こいつも幽霊だという事実は変わらないらしい。映らないけど。

 私はマンションから出ると、カメラであれこれと映してみた。

 普段からカメラはあまり好きではない。小中の卒業アルバムにはいつもふて腐れた顔の私が写っていて、女の子たちがなにかあったらゲームセンターでプリクラを撮るのが本気でわからなかった。

 でも。

 少し斜めになった電線、空の青、アスファルトを割っている花。フレーム越しの世界って、こんなに綺麗だったのかと、私は夢中でカメラを回していた。

 今までは、世界に色なんてなかった。いや、あったのかもしれないけれど、私はそれがわからなかった。フレームの向こう側は選ばれた人しか行けなくって、私はいつも置いてけぼりだと思っていたから、新鮮だったんだ。


『ねえ、どんなものが撮れたの?』


 青田にそう聞かれて、私はカメラを見せた。カメラの小さな画面でいちいち映像が確認できるのに、青田は興奮したようにカメラにくっついて中身を見る。


『すごい! 撮ったものをすぐ確認できるんだ!』

「……青田、あんたいったいいつ生まれなの? デジカメをマジで知らないんだね」

『僕が生まれたのは昭和の終わりだからなあ。カラーテレビにはなってたけど、家にパソコンなんてないし、携帯電話だってまだ普及してなかったし、ビデオカメラだって家でビデオデッキで見るものだった!』

「……なるほど」


 カラーテレビは当たり前だし、最近はスマホでだいたい事足りてしまうからパソコンない家のほうが多い。今は固定電話を置いている家のほうが珍しくって、ビデオなんてもう中古屋に行かないとビデオもデッキもないんじゃないかな。

 なんでもかんでも「すごいすごい!」と子供のようにはしゃぎ回っている青田を見ながら、私は「あのさあ」と言う。


「それであんたの脚本だけど、俳優が最低でもふたりいるんだけど。これどうすんの?」

『えっ? 麻の友達にいないの? 女優や俳優できる人』

「……私、友達いないんだけど」

『ふーん』


 そこでそんな反応をするんだ。私はがりっと前髪を引っ掻いた。でも青田はにこにこと子供のように笑っているだけだ。


『きっとなんとかなるよ』

「……いい加減な」

『大丈夫、だって麻の撮る絵は本当にいいよ。これを見せたら、誰だって撮られたくなるから』


 そう言って、しがみつくようにして見ていた私のカメラを指さす。

 私からしてみれば、こんな素人が小手先ひとつで撮った映像のどこに、人を魅了する要素があるのかわからなかったけど、青田と来たら真剣そのものだ。


『それに、監督は俳優を集める前にしないといけないことがあります。既に麻もしていたことで』

「……なに?」

『シーンの割り当てに、撮影ポイントの探索、あと撮影許可を取りにだね』

「……やること多過ぎない?」

『そりゃ取らないと駄目だよ。いろいろと。いい映画をつくるためなんだから』


 そう言われて、私はげんなりした。

 幽霊は自分が撮らないからって、好き勝手なことを言ってくる。

 でも。私は青田の書いた脚本を思い浮かべる。


「……勘弁してよ」


 口ではそう言っていたけれど、あの脚本が絵になるところが見たかった。

 主人公の表情、ヒロインのニュアンス。体温。音。

 それらを絵にするのは、きっとすごいことだと思ったから。

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