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犬たちは死者と戯れる  作者: KAIN
第一章:犬たちは死者から逃れる
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第八話:放送

 バタバタと、廊下の奥から走って来る二人の少年。

 顔を見るまでも無く、誰なのか、犬鳴志穂(いぬなきしほ)にはすぐ解った。

 一人は、ついさっきまで自分に補習授業をさせていた少年。

 そして……

 もう一人は……

 ややあって……

 二人の少年は、自分のすぐ側まで来た。


 志穂は、二人の顔をじっと見る。彼女はあの『ゾンビ』達を、間近でじっくりと見た訳じゃない。けれど……

 けれど……二人が、あいつらと同じになっていない事は、すぐに解った。

「……よお」

 少年のうちの一人が、小さく笑って言う。

「お前も無事だったか? 悪運だけは強いな?」

「……お互い様でしょう?」

 志穂も、小さく……

 けれど、安堵の表情で笑う。

「そうだな」

 少年が、微笑んだ。

「……まあ、無事で何よりだよ、志穂」

 少年が言う。

「アンタもね……」

 志穂は、じっと少年の顔を――

 幼馴染みの……

 そして……

 自分の、初恋の相手の顔を、はっきりと。

 はっきりと、見た。

 そして。

 少年の、名を呼ぶ。

「篤志」


 犬山篤志(いぬやまあつし)は、全員を見回した。

 犬川美雅(いぬかわよしまさ)犬鳴志穂(いぬなきしほ)、そしてあと一人、さっき入り口のところで襲われていた少女だ。彼女もどうやら無事であったらしい。

「積もる話は、後にしませんか?」

 言いながら、少女がゆらゆらと立ち上がる。

「今は、とりあえずここから離れるべきだと思います」

「……正論だな」

 美雅が、少女の言葉に頷く。

「でも……」

 志穂が、少しだけ不安そうに言う。

 そうだ。

 ここにずっと立っているわけにはいかない。

 だけど……

「……ねえ」

 志穂が、さっきの少女に向き直る。

「貴方さっき、『安全な場所を知ってる』って言わなかった?」

「……」

 少女はその問いに、志穂の顔を見る。

「そこへ案内してよ、それとも……」

 志穂が、一歩少女に歩み寄る。

 少女が、後ずさる。

「さっきのは、もしかして……」

「……おい」

 なんだか、少しだけ、志穂の様子がいつもとは違っている事に気づいて、篤志は思わず咎める様な声を出した。

「……それは……」

 少女が口ごもる。

 だが、その時……


 ぴんぽん……


「っ!?」

 響いたのは、篤志達のすぐ頭の上。

 廊下に設置された、校内放送のスピーカーだった。

 ざざ……と、ノイズ混じりの音が、スピーカーから響く。


『校内放送です……皆さん、聞こえますか?』


 聞こえて来たのは、まだ年若い少年。多分この学校の男子生徒の声。


『今、校内……いえ……多分、街中に、怪物が溢れています』


「……」

 篤志は、窓の外を見る。

 そうだ。

 家からここに来るまで、篤志は見てきた。

 見てきたんだ……

 篤志の心の声が聞こえるはずは、もちろん無いだろうが、スピーカーからの音声が、さらに続けた。


『校門を通って、どんどん、あの怪物達が入って来ています……じきに、学校は、怪物達の巣になるでしょう……』


 それも、事実だ。篤志は――否、四人全員が、そう思った。


『生き残っている人達は、体育館に、避難して下さい、良いですか? 体育館です、生徒会と、この学校の校長が、保護してくれます……体育館に、急いで下さい』


「……体育館」

 篤志は呟いた。

「そ そうです、体育館、体育館ですよ」

 横ではあの少女が、妙に言い訳がましい口調で、志穂に言っていたけれど、篤志も美雅も無視していた。


『繰り返します、体育館です、体育館に向かって下さい……そして……』


 しばしの沈黙。

 その次の瞬間。


『ぐっ……ごほっ……』


 スピーカーから聞こえたのは、苦しげに咳き込む声。


『あいつらは……音に敏感です、つまり……この放送が流れている限り、奴らは……スピーカーに群がっているはずです……』


「……」

 そうだ。

 篤志は頷く、あいつらは、あの少女の靴底が地面を擦る、僅かな音に反応して、彼女の方へと群がっていった。


『今ならば、静かに歩けば、大丈夫です……出来るだけ急いで、体育館に向かって下さい……良いですね、体育館です』


「……まさか……」

 篤志は、小さく呟く。

 この男子生徒は……その為に、わざわざ放送室へ行って……この放送をしているのか?


『そして……』


 スピーカーからの声がする。


『体育館に避難している住民の中に、僕の……滝原(たきはら)高校、三年A組、放送委員長、渡部昌樹(わたべまさき)の両親がいたら、つ 伝えて、下さい……』


「この声の人って……まさか……」

 志穂が呟く。彼女も気がついたのだろう。


『僕は、父さんと、母さんの子供に産まれて、凄く……幸せでした、と……うっ、ぐぼっ』

 苦しげに、咳き込む声。

 次いで……

 びしゃり、と。

 何か、液体がまき散らされる様な音。


「……あの人って、噛まれてますよね?」

 篤志の横で、例の少女が言う。

「私、見たんです……」

 少女の声が、震えていた。

「あいつらに、『噛まれた』人は……あいつらと、同じになるんです、血を吐いて、死んでしまってから、立ち上がって……」

 そこから先は、聞く必要も無かった。

 こぼり……と。

 何かを吐き出すような声。

 そして……

 ブツッ、と。

 放送が切れた、恐らく、吐き出された血が、機材にかかってしまい、何処かがいかれてしまったのだろう。

 辺りには、再び静寂だけが訪れる。


「……行こう」

 篤志は、顔を上げる。

 無駄にしては、いけない。

 絶対に。

 そのまま、篤志は歩き出す。

 他の三人も、無言で後に続いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 噛まれていても、校内放送でゾンビの気を引いて生存者の力になろうとする……そんな男だっているんだよ、美咲ちゃん!(; ゜Д゜) 男だからって理由で毛嫌いしないでー!
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