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犬たちは死者と戯れる  作者: KAIN
第一章:犬たちは死者から逃れる
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第六話:合流

 ――きゃああああ……!!


 絹を裂くような女子の悲鳴。

 その声と――そして……

 さっきまで、ほんの数分前まで、グラウンドから響いていた運動部のかけ声が、全く聞こえ無くなっている事――

 それに気づいた瞬間に、犬川(いぬかわ)(よし)(まさ)は、窓に向かって走り出していた。

 机に座っていた犬鳴志穂(いぬなきしほ)も、立ち上がってバタバタと窓に駆け寄り――

 そして――

 ほとんど同時に、窓に飛びついた二人の目に飛び込んできたのは――

「な 何……あれ!?」

 志穂が、愕然と呟く。

 美雅は、黙ったまま、グラウンドを見ていた――

 そこにいたのは――

 土気色の肌で、気味の悪い呻き声を発しながら歩く――まるで……

 まるで、ホラー映画のゾンビの様な――異形の怪物であった。

 そして――

「美雅、あそこ――!!」

 志穂が指差したのは、教室の真下の昇降口――

 そこに、一人の女子生徒がいた――

 尻餅をついた格好で、ガタガタと震えている――明らかに周りの『ゾンビ』達とは違う、生きている人間だと解った。

 だが――

 今まさに、そのうちの一体が、少女のか細い肩を掴んでいた――

 そのままそいつが、大口を開け、少女に食らいつこうとしていた――

 だけど――

 たたっ、と――

 微かな足音が響く――

 いつの間にか、校門の方から、誰かがもの凄い速さでグラウンドを横切り、少女に食らいつこうとする『ゾンビ』の背後に迫っていた。

 そのままそいつが、その『ゾンビ』の頭に向け、バットを振り下ろす――

 鈍い音が響き、『ゾンビ』が倒れ、少女の身体が投げ出される。

 そして――

 その走って来た奴が、少女に声をかけるのを、美雅は――そして志穂は、はっきりと聞いた。


 ――大丈夫か!?


「っ!!」

 その声に、美雅は息を呑んだ。

 そいつが、別な『ゾンビ』をバットで殴打する。

 そのままバットの先で、そいつの胸を押す、ドミノ倒しの要領で、何匹かの『ゾンビ』が折り重なって倒れて動けなくなったけど、それしきでは意味が無い。

 そいつがさらに、背後の少女に向かって何かを言い、また別な『ゾンビ』を殴りつける。

 そいつの背後にいた少女が、立ち上がって校舎の中に消えていくのが見えた――大方、校内に逃げ込め、とかなんとか言ったのだろう。そして彼女が逃げ切るまで、自分が食い止めるつもりなのだ、あの数を相手に、たったの一人で――おまけに――

 そいつが、別な一体をまたバットで殴りつける、殴られたその一体は、その場に倒れて動かなくなったけれど、バットの先端も大きく曲がってしまった――

 あんな物一本で、しかも一人だけで、あんな怪物と戦える訳が無いというのに……

 美雅は、だっ、と走り出した。

「ちょ ちょっと!!」

 志穂が声を上げるが、美雅はもう無視して、教室の隅のロッカーを開け、そこから着脱式のモップを一本取りだし、その柄の部分を取り外してしっかりと掴んだ。

「行かないと――」

 美雅は、短く告げる。

「……っ」

「アイツは……あのままだったら……本当に、一人で戦い続ける」

 息を呑んだ志穂の顔を、美雅はしっかりと見る。

「アイツは――そういう奴だ」

「……確かに、ね」

 志穂は、頷く。

 美雅は、しっかりとモップの柄を握り、そのまま走り出した。志穂もまた、すぐ後に続いて走り出す。


「アイツは、俺が助けるから――お前は……」

 志穂は、美雅の言葉を聞かずに頷いた。

「あの子、でしょ?」

 美雅は、その言葉に小さく微笑んで頷き、視線を正面に戻す。

 廊下を走り、少し行った所にある階段を降りれば、昇降口までは少しの距離だ。

 階段を駆け下り、すぐ一階の廊下に出る――美雅と志穂は、ほとんど同時に曲がり、誰もいない廊下をそのまま走り――

 ややあって――

 どすん、と――

 走っていた美雅の胸に、誰かがぶつかって来る――

「ひっ!?」

 甲高い少女の声が、美雅の耳に届く――

 美雅は黙ったまま、ぶつかって来た少女を見る。

 さっき、あの昇降口にいた少女だった――美雅を見て、悲鳴をあげそうになる。

「落ち着け!!」

 美雅は、はっきりとした口調で告げる。

 その言葉に、少女は慌てて両手で口を塞いだ。

 美雅はそれを見ながら、背後を振り返る。

「志穂、この子を――」

「解ってるわ」

 志穂が頷いて、少女にゆっくりと歩み寄る。

 少女が志穂を見、次いで美雅を見、やがて二人とも生きている人間だと認識したのか、ふらふらと志穂の方に歩み寄っていく――美雅はそれを見て、もう一度頷いた。

「俺は……アイツを連れに行ってくる」

 そのまま、美雅は走り出す――


「……はあ……はあ……」

 犬山篤志(いぬやまあつし)は、荒い息をつきながら、曲がったバットを握りしめていた。

 周囲には、すでに数体の『ゾンビ』が倒れている――だが……

 周りにいる『ゾンビ』達は、数を減らすどころか、ますます増えている様子だった、自分がここで『ゾンビ』を仕留めるたび、その音を聞きつけて集まっているのだろう。このままでは……

「あああ……」

 呻き声と共に、別な『ゾンビ』が、ゆっくりと近づいて、手を伸ばして来る。篤志はそいつに向けてバットを振り上げ――

 だが、それよりも早く――

「うううう……」

 別な声――それも……

 それも、横から――篤志はそちらを見ようとしたけれど、それよりも早く――

 振り上げたバットが、がしっ、と掴まれる。

「くっ……!!」

 篤志は呻いたが、バットをぐいっ、と引っ張られ――

 そのまま、手からするり、とバットが抜ける――

「くっ、この……っ!!」

 篤志は、そいつに殴りかかろうとしたけれど――

 それよりも早く――

「あああああ……」

 別な呻き声、先ほど殴ろうとした奴だ、と気がつくよりも早く――肩を掴まれる。

 そのまま、そいつが口を開け、ゆっくりと篤志に迫って来る――

 ――ダメだ。

 ――食われるっ!!

 篤志は、思わず目を閉じた――

 だが――


 どすっ!!


「っ!?」

 鈍い音に、篤志は思わず目を開けていた。

「……何をしてるんだよ、お前は」

 呆れた様な声。

「女の子助けようとして、自分が殺されかけてりゃ世話無いぞ?」

 篤志は、見た――

 自分に、大きく口を開けて噛みつこうとしていた『ゾンビ』の口内に――モップの柄が突き刺さっていた。

 そのまま、そのモップをさらにずっ、と押し込む。

 その『ゾンビ』の身体から、力が抜けるのが、篤志にも解った。背後から、モップの柄を『ゾンビ』の口内に突き入れたそいつにも、それが解ったのだろう、足を伸ばして『ゾンビ』の胸を蹴り、モップの柄を引き抜く。

 どさり、とその『ゾンビ』が倒れる――

 そこで篤志は、ようやく背後を振り向いた。

 見知った顔の男子生徒が、そこに立っていた――

「……何だ、お前か」

 篤志は、軽くため息をついた。

「おいおい――」

 男子生徒が、小さく笑う。

「一応、今の俺はお前の命の恩人だぞ? 何か一言あっても良いんじゃ無いか?」

「そうだね――」

 篤志はにやりと笑い、その男子生徒に向き直る。

「どうも、ありがとう」

「お前……全然感謝してないだろ?」

 そいつもまた、にやりと笑って言う。

「そんな事は無いさ――ただ、お前に借りを作るくらいなら、いっそあのまま噛まれてても良かったかな? と思ってね――」

 篤志が言うと、そいつはふん、と鼻で笑った。

「だったら、次に噛まれそうになったら、遠慮無く見放してやるよ」

「……良く言うよ、『親友』を見捨てる事なんて、出来ない質のくせに」

 篤志も鼻で笑い――そして……

 そして――

 少しだけ――照れた様に――

「……お互いに、さ」

 そう、付け加えた――

 その言葉に、そいつは――

「……」

 篤志は、そこでようやく、『そいつ』の顔を――

 『親友』の顔を見た。

「……無事で何よりだったよ――美雅」

「ああ――お前も、生きてるみたいで良かった」

 『親友』――

 犬川(いぬかわ)(よし)(まさ)もまた、篤志の顔を見ていた。

 そして……


 ぱんっ!!


 二人の少年は――

 互いの無事を喜び合うみたいに――

 お互いの掌を、合わせた――


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとか合流!!(* ゜Д゜)وヨシ! 美咲ちゃんの名字も「犬」は入ってないけど「乾」って読み方に「いぬ」が入ってるから、もしかしたらこの4人がメインキャラになるのかな。
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