第四十話:空爆
午後六時。
基地を飛び立った自衛隊の戦闘機が、その街の上空に到達した。
まだ寝静まるには早い時間だというのに、何故か明かりが一つも見えないその街を、その自衛官は戦闘機からじっと見ていた。
数時間前。
彼らが所属する部隊に、上官、そして防衛大臣から、とある地方都市への空路を示す地図と共に、奇妙な指令が届いた。
『午後六時、速やかに出陣し、この街を空爆、破壊せよ』
指令書には上司と、大臣の印も押されており、決して演習の類では無い事が明らかだった。
理由を問いただす声に、直属の上官は、やはり大臣から送られて来た指令書を読み上げる。
『当案件における質問は許可されない、速やかに指令を実行せよ、反した者には罰をあたえる』
そう言われれば、反発せずにやるしか無かった。
同じ隊に所属する仲間の間では、様々な噂が流れていたが、どうやら何かしらの、危険な『ウィルス』の様なものが蔓延してしまい、街は既に壊滅、住民は全員が死亡した、という説が、一番濃厚な様子だった。
だが……
『危険なウィルス』とは一体どのような物なのか。
そもそも本当に、住民達は全員が死亡したのか?
皆が心に抱いたその疑問。
だが上官は何も言わない。そればかりかまるで、何かに怯えた様な顔で、『即座に命令を実行せよ』と、うわごとのように繰り返すばかりであった。
そう言われては、もうこれ以上言及することは出来なかった。
「……」
既に同じ部隊の戦闘機が、街のあちこちを飛んでいる。彼らに後れを取る訳にはいかない。
自衛官の男性は、操縦桿をしっかりと握りしめた。
戦争の無い、この平和な日本で、一つの街を爆撃する。
その事に対する背徳感。
そして……
奇妙な、高揚感を感じながら。
遠くの方から、飛行機が飛んでくるような音がする。
「……」
犬山篤志は、骸と化した校長の側に座り込んだまま、それを見ていた。
「……」
犬川美雅は、骸と化した父の横に仰向けに横たわったまま、その音を聞いていた。
「……」
犬鳴志穂は、骸と化した親友に膝枕をしながら、教室の窓からそれを見ていた。
そして……
数分後……
街は、業火に焼き尽くされた。
この街で何が起きたのか。
どれだけの人々が命を落としたのか。
それは誰も知らない。
無数の『死者』と……
『犬たち』の戦いも……
誰も、知らない。




