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犬たちは死者と戯れる  作者: KAIN
第四章:犬たちは死者と戦う

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第三十八話:解放

「ぐ……」

 美雅は、呻いて膝をつく。

「が……はっ……」

 喉の奥から、何かがこみ上げて来る。

 飲み込もうとする暇すらも無く、それが口から溢れ出す。

 びしゃり、と、床の上にぶちまけられたのは、赤黒い血だった。

 美雅は、そのままどう、とうつ伏せに倒れる。

「……は……あ……」

 立ち上がろうとするけれど、身体が全く動かない。

「……っ」

 美雅は、声にならない声で呻いた。

 身体が、ぶるぶると震える。

 寒い。

 猛烈な寒さが、全身を襲う。

 美雅は、それでも立ち上がろうとした。

 だけど……

「……あ……」

 口から小さい呻き声が漏れる。

 まともに立ち上がる事も出来ないまま、美雅はその場にうつ伏せに倒れたまま、ガタガタと身体を震わせていた。

「……」

 咄嗟に、目だけを動かして目の前の『ゾンビ』。

 否。

 父、犬川浩三を見る。

 父は、倒れた美雅になど、もう目もくれずに歩き出そうとしていた。既に噛まれた者は、同じ『ゾンビ』だと思っているのだろう。そのまま美雅の身体を踏みながら、校長室の外に出て行こうとしていた。

「だ めだ……」

 美雅は、掠れ声で呻いた。

 ダメだ。

 このまま、父を……

 父を、ここから出すわけには行かない。

 ここから出れば、もう父を止める事は不可能になる。

 ここから出れば、父はもう、ただ一匹の『ゾンビ』に成り果てるだろう。今、この街の中に、生き残っている人が何人いるのかは知らないけれど……

 きっと父は、その人達を片っ端から襲うだろう。

 そして……

「……」

 美雅は目を閉じた。

 父は、いずれは単なる一匹の『ゾンビ』として処理されることになるだろう。これまで美雅が、そして篤志や志穂が倒して来た、何体もの『ゾンビ』達と同じ様に、誰かによって頭を潰され、血をぶちまけながらその場に倒れるだろう。

 そして……

 それが自分の父である事。

 玉神を止めようとしていた事。

 どんなに……

 どんなに、自分の事を……

 息子である自分の事を、愛してくれていたのか。

 そんな事は、勿論誰も知らないし、考えもしないだろう。

「……っ」

 美雅は、ぎりり、と歯ぎしりする。

 ダメだ。

 それはダメだ。

 父が……単なる一体の『ゾンビ』として殺される。

 そんな事は、絶対に許さない。

「……っ」

 美雅は、目をかっ、と見開いた。

 ダメだ。

 絶対に、それだけは。

 それだけは絶対にダメだ。

 父は……この状況をなんとかしようとしていた、あの玉神を止めようとしていた。

 そんな父が。

 こんな状況になっても、自分の事を愛してくれていた。

 そんな父が。

「……そんな死に方を、するなんて」

 それはダメだ。

 美雅は、どすっ、と拳を床に叩きつける。

 既に『ゾンビ』になりかけているのか、かなり力一杯叩きつけたはずのその拳には、全く痛みを感じなかった。

 構うものか、むしろ何も感じないなら好都合だ。

 美雅は、そのままガクガクと震える身体を、拳を叩きつけた手を支えにして、無理矢理立ち上がらせる。

 動け。

 美雅は、心の中で言う。

 動け。

 動け。

 動くんだ。

 命令する。

 そのまま手を、そして足を、そろそろと動かして……両手を床について、上半身を起こした。

 その途端、また再び喉の奥から何かがこみ上げてきた。

 だが美雅は、それを無理に飲み込んだ。

 すぐ側に、銃が落ちている。目が霞んで、すぐ側にあるハズの銃がはっきりと見えない。

 それでも、ブルブル震える手を伸ばし、銃のグリップを掴んでしっかりと握りしめる。

「……はあ……はあ……はあ……」

 美雅は、荒い息をつきながらも、それでも両脚を軸にして立ち上がる。

 そして……

 首を後ろに向けて振り返る。

 父は……美雅に背を向け、開きっぱなしの校長室出入り口の扉から、廊下に出ようとしていた。

「待てよ……」

 美雅は言いながら、そのまま身体を捻る様にして振り返ると、だっ、と走り出す。

 距離にすれば、一メートルあるかないか、数歩歩けばすぐに追いつける距離だろう、だけど美雅は、何度も転びそうになって、ようやく父の背中に追いついた。

 そのまま、後ろから首に左腕を回して抱き寄せるようにして、父を止める。

「……あれだけ、『他人の子だと思った事は無い』とか、『心から愛していた』とか言っといて、そんな息子を置き去りにして、一人で行こうとするなよ?」

 美雅は、にやりと笑って言う。

「……うう……」

 父が、微かに呻いた。その呻きが、何を意味するものなのかは解らない。

 だけど……

 美雅には、父が痛いところを突かれ、困った様な顔で唸っている様に思えた。

「……ちょっとだけ、痛いだろうけど……」

 美雅は、苦笑いと共に言い、ごり、と父の右のこめかみに銃口を押し当てる。

「少しだけ、我慢してくれ……」

 美雅はそのまま、銃の撃鉄を起こす。

「今、解放するからな……」

 言いながら美雅は……

 ゆっくりと……

 銃の引き金に、指をかけた。

「父さん」

 そして。

 はっきりと。

 父に向かって呼びかけて。

 美雅は、引き金にかけた指に、力を込めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分を愛してくれた大切な「家族」だから、ゾンビとして人を襲う前に美雅くんが自分の手で……(´;Д;) 切なすぎる……。
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