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犬たちは死者と戯れる  作者: KAIN
第四章:犬たちは死者と戦う

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34/40

第三十四話:教室

 静まり返った校内を、(いぬ)(なき)()()は、ゆっくりとした足取りで歩いていた。

 あの後……校舎内に飛び込んだ志穂は、そのまま素早く二階へと駆け上がった、幸いにして、一体の『ゾンビ』にも出会わなかったけれど、校内でも油断は出来ない。

「……美咲ちゃん」

 小さく呟く。

 彼女は……

 彼女は、今何処に……?

「……」

 そもそも、何処を探せば良い? 校内の全部を探している時間は無い。

 それに……

 あの美咲のことだ、絶対に……

 絶対に、自分がいる場所のヒントを、あの時……

 あの別れた時に、言っているはずだ。

「……」

 志穂は、目を閉じる。

 思い出せ……

 思い出すんだ、きっと……

 きっと彼女は、何かを残している。

 特に……

「大好きな、アタシには、ね」

 志穂は、呟いて軽く笑う。

 そうだ。

 彼女はだからこそ、自分が傷つかないようにしてくれたのだ。

 結果として、傷ついてでも篤志達と一緒に行く、という道を選んだのは志穂だけれど、それでも彼女は、それしきで諦めはしないだろう。

 きっと、自分を待っている。

 この学校に、自分が来るのを……

 志穂は思いながら、ゆっくりと……

 ゆっくりと、二階の廊下を歩いて……


「あああ……あああ……」


「っ!?」

 唐突に響いた呻き声に、志穂はびくっ、と身体を震わせる。

 そこにいたのは……

「『ゾンビ』……!?」

 志穂は、呟く。

 一体の『ゾンビ』が、廊下の奥の方から、ゆっくりと……

 ゆっくりと、こちらに歩いて来ていた。

「……っ」

 志穂は、銃を構える。

 もう、包丁は一本も無い。

 武器は、この銃一つしか無いのだ、やるしか無い。

 弾は……あと二発。

 これで、どうにかしないと……

「あああああ……」

 薄汚れた服を着た、この学校の女子生徒……

 首の辺りが食いちぎられた様になっている、どうやら、その傷が原因で『ゾンビ』と化してしまったらしい。可哀想に。

 志穂は思った。

 だけど……

「アタシには……会わなきゃいけない人がいるの、それに……」

 こんな自分を、待っていてくれる人も、いる。

 だから……

「……アンタに、『喰われる』訳にはいかないのよ」

 そのまま、志穂は銃を構える。

 相手の顔を見る。

 こちらにゆっくりと歩いて来る『ゾンビ』、よく見れば、口の周りが真っ赤に染まっている、血だ、それもついさっき、そこについた、というような感じの血……

 誰かを、何処かで『噛んだ』という事だろう、志穂はぎりっ、と歯ぎしりした、誰を『噛んだ』のか知らないけど……その人も、今頃は妹の様に……

 志穂は、引き金に指をかけた。

 落ち着け。

 弾は二発しか無い。

 仕損じるわけにはいかない。

 確実に……

 確実に、頭を撃ち抜くんだ。

 それには……

 もっと……

 もっと、こっちへ……

「……こっちに、来なさい」

 志穂は呟く。

「……ああ……ああああ……」

 『ゾンビ』が呻く。

 距離が、どんどん縮まって来る。

 ついに、後三メートルほどにまで来た。

 二メートル、もう少し……もう少しだ。

 一メートル。

 その『ゾンビ』が伸ばして来た手が、志穂の肩に届きそうになる。

 その瞬間。

「っ!!」

 志穂は、声にならない声をあげながらも、引き金を引いた。

 乾いた銃声が、廊下に轟く。

 放たれた弾丸は、目の前の『ゾンビ』の頭を、正確に……

 正確に、撃ち抜いていた。


 血をぶちまけながら、その『ゾンビ』が倒れる。

 志穂はそれでも、銃を構えていた、まだそいつが動いて、襲って来る様な気がしていた。

 一分……

 二分……

 三分……

 どうやら、大丈夫らしい。

 志穂は、ゆっくりと息を吐いて、銃を下ろす。

 辺りを見回してみるけれど、他の『ゾンビ』が現れる気配は無い、どうやら、こいつしかここにはいないらしい。

 だけど……

「こんなのがうろついてるんじゃ、校内だって油断出来ないわね」

 志穂は、小さく呟いて歩き出す。

 美咲は……何処にいるんだろう?

 自分の教室があるから、この二階に来てしまったけれど……もしかしたら、この階に彼女はいないかも知れない。

「……」

 志穂は、ゆっくりと息を吐く。

 落ち着け。

 焦るな。

 今は、冷静になれ……

 自分に言い聞かせながら、志穂は、ぴたり、と二年A組の教室の前で足を止める。

「……ここで……」

 志穂は、小さく呟く。

 そうだ。

 今朝、ほんの十数時間前、自分はここで……

 ここで、あの美雅と一緒に補習を受けていたのだ、早く問題を終わらせて、篤志の家に行って、いつもみたいに遊ぼうと思いながら……

 そっ、と。

 教室の中を覘き込んで見る。

「……」

 今朝と、何も変わっていなかった。

 黒板には、美雅が書きながら解説してくれた数学の方程式が、まだ消されずに書かれていたし、教卓の前にある志穂の席の上には、数学の教科書とノート、それに筆記用具が、まだそのまま置かれていた、今すぐにでも、ここで今朝の補習の続きが出来そうだ、そうなったら、今度は美咲にも、それに篤志にも見て貰えたらな……

「……っ」

 そこまで考えて、志穂は、はっ、と息を呑んだ。

「……教室……?」

 そうだ。

 別れたあの時、みんなで……

 みんなで……

「アタシの、補習の話をしてた……?」

 そうだ。

 そして……

 美咲の言葉を、思い出す。


『皆さんが、『登校』するのを待っています』


 そうだ。

 確かに、彼女はそう言った。

 そう、言ったのだ。

「『登校』……」

 そうだ。

 『学校』へ『登校』する。

 そして……

 『登校』した時に、『生徒』が、一番最初に向かう場所は……

 何処だ?

 それは……

 それは……

「……教室」

 志穂は、呟いた。

 そして……

 彼女は……

 彼女のクラスは……

 あの体育館で自己紹介した時の言葉を、思い出せ。


(いぬい)()(さき)です、二年生でB組です』


「B組」

 そうだ。

 彼女は、B組の生徒。

 そして……

 『学校』に『登校』した時、一番最初に行く場所。

 それは……

「教室……」

 志穂は呟いて、くるりと踵を返して廊下を歩いた。

 教室の出入り口の上。

 そこには、何年何組の教室なのかを示すプレートがかけられている。

 志穂は無言で、それを見る。

 自分達が在籍する、二年A組の教室のすぐ隣。

 二年B組の教室。

 扉は、開けられていた、今まで入った事は無くとも、構造は多分、自分達の教室とそれほど変わらないだろう、等間隔に並べられた机、何も書かれていない黒板だけが、志穂達が在籍するクラスの教室とは違っている。

 そして……

 その教室に並べられた机の、ちょうど真ん中……

 そこに、一人の女子生徒が、こちらに背を向けながら、机に突っ伏して蹲るようにして座っていた、傍目には、そのまま机で眠ってしまっているようにも見える。

 顔は見えない。

 だけど……

 だけどそれは、間違い無く……

「美咲ちゃん……!!」

 志穂は、その背中に向かって呼びかけた。

 その言葉に……

 机に突っ伏していた少女の肩が、ぴくんっ、と震えた。

「美咲ちゃん、待たせたわね」

 志穂は、ゆっくりと……

 ゆっくりと、教室の中に向かって歩いて行く。

「まだ、全部は終わって無いけど、約束通り、アタシも、それにあいつらも、ちゃんと『登校』したわ」

 志穂は、言う。

 だけど……

 美咲からは、返事が無い。

「……?」

 志穂は、違和感を覚えた。

 こんなにはっきり喋っているのに、まさか、聞こえていない、という事は無いだろう。

 だけど……

 美咲からは、何の……

 何の返事も無い。

「美咲ちゃん?」

 志穂は、呼びかけた。

「……あ……」

 その声に、ようやく。

 ようやく、小さい声がする。

 少し……

 ほんの少しだけ、掠れた声……

「……っ」

 その声に、志穂は……

 志穂は……

 いやと言うほど……

 覚えが、あった。

 まさか……?

「み 美咲ちゃん?」

 志穂は、問いかける。

 まさか。

 そんなはずは無い。

 そんな事は、あり得ない。

 だけど……

 だけど……

「……」

 思い出す。

 ついさっき、廊下で倒したあの『ゾンビ』。

 奴の口の周りが、つい今さっきついたような真っ赤な血で、濡れていた事。

 まさか……?

「美咲ちゃん、美咲ちゃんってば!!」

 志穂は、そのまま美咲に駆け寄り、その両肩を掴んで揺さぶる。

「美咲ちゃん、起きて、冗談は止めて!!」

 志穂は、叫ぶ様に呼びかけた。

 それに、応えるかのように……

 美咲が、机に手をついて、ゆっくりと……

 ゆっくりと、上半身を起こす。

 そして……

「ああ……あああああ……」

「っ!!」

 その口から漏れたのは……

 もう、耳慣れてしまった……

 呻き声。

 そして。

 立ち上がった美咲が、ゆっくりと……

 ゆっくりと、志穂の方を振り向いた。

 妹と……

 両親と、全く同じ……

 死体そのものの、顔で……


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― 新着の感想 ―
[良い点] えぇ~っ!?まさかの、美咲ちゃんまで!?(; ゜Д゜) 美咲ちゃんみたいなタイプなら、しっかりちゃっかり生き残ってくれてると思ってただけに……ショックが大きい……。
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