第三十三話:追跡
「さて」
玉神の声が響く。
「私は、そろそろここで失礼させて貰おう、あの『研究所』に、まだ取りに行かなければいけない物があるのでね」
そのまま玉神は、ゆっくりとした足取りで背後の扉を開ける。
そのままテラスに出、横の非常階段を、カンカンと甲高い音を響かせながら歩いて行く。
「……くっ……」
篤志は呻いた。後を追わないと……しかし……
「あああああ……」
部屋の真ん中には、一体の『ゾンビ』が……
否。
美雅の、父親がいる。
「……」
まずは……
まずは、あの人を……
篤志は、黙って銃を向ける。
だけど……
「……何してるんだ?」
美雅の、淡々とした声。
そのまま、銃を構えた手首をがしっ、と掴まれる。
「……お前は、玉神を追いかけろ」
「……美雅」
篤志は、美雅の顔を見る。
「……」
その美雅の表情は……
すでに、いつもと何も変わらない無表情になっていた。
「俺は、この『ゾンビ』を片付けたら、行くから、お前は……奴を追いかけるんだ」
「だけど……」
篤志は、じっと。
じっと、目の前の『ゾンビ』。
否。
美雅の父、犬川浩三を見る。
「大丈夫だ」
美雅が言う。
はっきりと、言う。
「こいつはもう……父さんじゃ無い、ただの……『ゾンビ』だ」
「……」
篤志は、美雅の顔を見る。
だけど……
美雅は、顔を俯かせ、篤志に、表情を読ませないようにしていた。
「……だから、俺は……こいつを殺せる、今までの『ゾンビ』達と何も変わらない、大丈夫だ」
美雅の声は、はっきりとしていた。
「……」
篤志は、じっと美雅の顔を……
そして……
篤志の手首を掴む、美雅の手を見ていた。
その表情は、読めない。
だけど……
微かに見える口元だけでも、美雅の顔が青ざめているのが解る。
それに……
自分の手首を掴む美雅の手が……
微かに、震えているのが解る。
「……お前、本当に……」
篤志は、口を開く。
「大丈夫だ、だから行ってくれ、篤志」
美雅が、言う。
「……」
篤志は、何も言わない。
「あいつは……玉神は多分、車で移動するはずだ、校内にいる間は、グラウンドの奴らに気づかれない様に、ゆっくりと歩くと思うけど……でも……」
車に乗って、走り出されれば、もう追いかける術は無い。
だから、校内にいる間に、奴を止めなければならない。
それは……解っている。
「だから頼む、篤志」
「……」
このまま……
ここにずっといれば、それだけ……
それだけ、玉神を逃がす事になってしまう。
そうなれば、あの水の……
『ウィルス』の犠牲者が増えるのだ。
そして……
篤志の両親のように、志穂の家族のように、そして……
美雅の父親と母親のように……犠牲となる人が、増えてしまうのだ。
行くしか無い。
行くしか、無いんだ……
「解った」
篤志は、頷いた。
そして。
篤志は手を伸ばし、美雅の頭をがしっ、と鷲掴みにして持ち上げる。
「……解ってると思うけど……」
真っ直ぐに、篤志は美雅の目を見つめて言う。
「屋上だ、必ず来い」
「……ああ」
美雅は、頷いた。
そして……
篤志は、すっ、と。
犬川浩三に向けていた銃を下ろす。
美雅も、その篤志の手首から腕を離した。
「それじゃあ、ちょっと、行ってくるわ」
篤志は、美雅の顔を見て言う。
「ああ、さっさと行け」
美雅も、篤志の顔を見て言う。
二人の少年の口元には……
笑みが、浮かんでいた。
そして……
ぱんっ!!
二人の少年が、互いの手を打ち鳴らす音が、響いた。
そして……
篤志は、だっ、と床を蹴って走り出し。
美雅は、無言で、浩三に向けて銃を構えた。




