第三十一話:対峙
校内は、しん、と静まり返っていた。
『ゾンビ』達の姿は、幸いにして何処にも見当たらない。グラウンドに全員が集まっているのか、それともたまたまこの近くにいないだけで、校内にはいるのか、それは解らなかった。
どちらにしても、奴らがいないのならば好都合だ。
篤志と美雅は、頷き合いながらそのまま廊下を駆ける。
「……」
篤志の表情は、まだ暗かったけれど、美雅は何も言わなかった。
……今は、信じる以外には無いんだ。
それだけを、美雅は、心の中で篤志に告げ、そして走り出す。
「……それで……」
ややあって。
気持ちの整理をつけたのか、或いは無理をしているのか。
美雅には、それは解らない。だけど……篤志がゆっくりと口を開いた。
「どうやって、玉神を探すんだ? 校内を全部虱潰しにしてたら、時間がかかるぞ?」
そうなったら、逃げられてしまう。
それくらいの事は、勿論美雅にも解っている。
「……」
美雅は、目を閉じる。
奴は、『ウィルス』の入った水を人に飲ませ、大量の『ゾンビ』を生み出した。
その目的はもちろん、『ゾンビ』達の軍事利用だ、ならば……
ならば当然、自分の目で、実際に奴らがどれほど『戦争』で役に立つのかを確かめるだろう、そうしなければ、意味が無い。
「……この校内で……」
美雅は、口を開いた。
「一番高いところにあって、グラウンドがよく見渡せるのは何処だ?」
美雅は、篤志に問いかける。
「……」
篤志は、小さく笑う。
「滅多に、俺ら生徒は立ち入らない場所だけど、一つだけ、心当たりがあるぜ」
笑って言う篤志の表情に、もう……
もう、迷いや暗い雰囲気は無かった。
志穂の事は吹っ切ったのか、心配するよりは、自分の使命を果たすべきだと思ったのか。
どちらにしても……
その明るい表情を、美雅は頼もしく思った。
そして……
美雅にも、そういう場所の心辺りが、一つだけある。
「……それじゃあ……」
美雅が言い、一歩前に進み出る。
「ああ」
篤志も言いながら、ゆっくりと……
ゆっくりと、歩き出した。
「行こうか」
「おお!!」
二人の少年は、まるで……
まるでこれから、悪戯をするみたいな悪い顔で、ゆっくりと廊下を歩いて行った。
滝原高校の校舎の三階。
上級生のクラスの教室が並ぶ廊下……
その一番奥。
恐らくは、この校舎の中では一番奥まった場所にある部屋。
本来は、一階部分にある事が多いが、この学校では、『その部屋』は、三階の一番奥、グラウンドから校門までが、しっかりと見える位置にある、部屋の主が、『ここにある方が、生徒達の姿がよく見えて良い』と言ったという話だった。
「……」
もしかしたら、『その時』から、『そいつ』は、この『ゾンビ』達の騒動を企てていたのかも知れない。
篤志と美雅は、階段を上りながら、そんな事を思った。
まあ、それは今となっては確かめようも無い事だ。
そして今……
奴は、多分……
多分、その部屋にいて……
じっくりと、見ているのだろう。
グラウンドに蠢く、『ゾンビ』達……
そして……
「……」
篤志は目を閉じる。
奴らが、どのように動いているか。
それを、じっくりと見ているのだろう、データーを得る為に……
篤志は、拳を握りしめた。
許さない。
こんな事を、許す訳にはいかない。
絶対に。
そして。
篤志と美雅の二人は、三階の廊下に出た。
付近は、相変わらずしん、と静まり返っている、『ゾンビ』達の姿は無い。
篤志と美雅は顔を見合わせると、ゆっくりと頷き合い、ポケットから銃を取り出す。
そして……
そのまま、足音をたてないように、ゆっくりと歩き出した。
三階の廊下。
その一番奥に、『その部屋』はあった。
重厚そうな木材で作られた、両開きの扉。
今、その扉はぴったりと閉じられている、かなり分厚いせいで、中からは何の物音も聞こえない、だが、中からずっと見ていたのならば、グラウンドを通り抜けて自分達が校舎に入って来た事は、きっと既に知られているだろう。
篤志は、扉の取っ手の片方に手をかけた。
美雅も、逆側に手をかける。
そのまま二人は、またしても頷き合い、そして……
そして。
同時に、扉の取っ手を回して引いた。
ばんっ!! と、大きな音が響く。
そのまま二人は部屋の中に飛び込んだ。
大きな机。
部屋の奥にある両開きの大きな窓、その向こうにはテラスと、下の方へと下りる非常階段も見える、有事の際には、ここから生徒達を逃がせるように、と、『あいつ』が造らせたものらしい。
部屋の壁には、この学校が設立されてから今年に至るまでの、歴代の校長の写真が飾られている。
その下の棚の上には、何だかよく解らない賞を受賞したらしいトロフィーが並んでいる、篤志達には、一体何の賞なのか、全然興味も無い。
部屋の真ん中には応接用のソファーとデスク。
そう……
ここは……
この部屋は、『校長室』だ。
そして……
こちらに背を向けて、窓の前に置かれた大きなデスクに置かれた革張りの椅子に、悠然と腰掛けている人物。
それは……
それは……
「玉神!!」
篤志が、銃を構えながら叫んだ。
美雅は、何も言わない、黙って銃を構えていた。
そして……
ややあって。
椅子に座っている人物が、ゆっくりと……
ゆっくりと、椅子を回転させて、こちらを振り向いた。
「おいおい」
そいつが、のんびりと言う。
「校長を呼び捨てにするのは良くないなあ、犬山君?」
言いながら……
そいつが、ゆっくりと……
ゆっくりと、椅子から立ち上がる。
「それに、『校長室』に入る時にはノックくらいしたまえよ? おまけに、『そんな物』を校長に向けるとは、君達はそんな『不良』では無い、優秀な生徒だと思っていたのだが?」
そいつが、くすくすと笑う。
「それとも……」
そいつの目が、美雅に向けられる。
「君も、優秀では無い、愚か者、という事かな? そう……」
そいつが、一旦言葉を切り、小馬鹿にしたようにふんっ、と鼻で笑った。
「ちょうど、お父上のように、なあ? 犬川君?」
「……」
その言葉に、美雅は何も言わない。
黙って、そいつに……
玉神弘光に、銃を向けた。




