第二十九話:校庭
午後四時。
既に日が沈みかけた空は、赤く染まり、校舎も夕日に照らされ、燃えるような紅色に輝いている。
篤志、志穂、美雅の三人は、無言で校門前に立ち、その校舎を…
そして、校庭を見ていた。
「あああああ……」
「ううう……」
「おお……おおお……」
呻き声が、校庭いっぱいに響いている。
「……これは……」
篤志は呟いた。
「……地獄だな、まるで……」
美雅も、もうすっかりいつもの淡々とした口調に戻って言う。
「……美咲ちゃん……」
志穂が、小さい声で呟いた。
校庭には、昼頃、ほんの三、四時間前、美咲も含めた四人で、ここを脱出した時とは、比較にもならない程の数の『ゾンビ』達が溢れていた。
あの後。
『研究所』を後にした三人は、全速力でこの学校まで走って来ていた。
街外れから、街の中央辺りにある学校まで向かうのは、かなり距離があるし、『ゾンビ』達が徘徊する中を、見つからずに進むのは骨が折れた。
だけど……
三人は、こうして再び学校に……
滝原高校に、戻って来ていた。
「それで?」
志穂が問いかける。声のトーンは全く落としていない、どうせ校庭中から『ゾンビ』達の呻き声が響いているのだ、多少の声など逆にかき消されてしまう。
「これから、どうするの?」
「……俺は、校長を、玉神弘光を探したい」
美雅が、淡々とした口調で告げる。
「俺もだ、『ウィルス』の入った水を奪って、この騒動の落とし前をきっちりと付けさせてやる」
篤志も、強い口調で言う。
「……アタシは……」
志穂は、やや俯いて言う。
「……美咲ちゃん、だろう?」
篤志が、志穂の顔を見て言う。
「……ごめん」
志穂は、俯いて言う。
「どうしても、このまま放ってはおけないの、あの子のおかげで、アタシ達は学校から脱出も出来たし、家族の死に目にも会えた……今度は……」
志穂は、ぎゅっ、と拳を握りしめる。
「アタシが、あの子を助けてあげたい」
そうだ。
こんな自分を……
『辛い道』から救う為に、敢えて……
敢えて、篤志と美雅から引き離そうとしてくれた。自分が、どんなに彼らに不審な目を向けられ、忌み嫌われようとも、彼女は構わなかったのだろう。
『ゾンビ』になってしまった両親と妹を、見せないようにする為になら、自分がいくら、篤志や美雅に嫌われても良かったのだ。
「……」
そんな彼女を……
今度は自分が、ちゃんと……
ちゃんと、『安全な場所』に連れて行ってあげたい。
「だから……」
志穂は顔を上げ、篤志と美雅を見つめる。
「アタシは、美咲ちゃんを迎えに行きたい」
「……解った」
しばしの沈黙の後。
篤志が、短く告げる。
そして。
ざっ、と、前に一歩踏み出す。
「……校庭は、見ての通りに、『ゾンビ』だらけだ、多分……」
篤志は、校庭を見回す。
「あの時、体育館に集まっていた人達だろう、外から『ゾンビ』達が入って来たのか、それとも……」
「玉神が、あの水を飲ませたかも知れないな」
美雅が言う。
確かに、その可能性もある、そうして『ゾンビ』や、『ウィルス』のデーターを、更に採取するつもりなのかも知れない。
いずれにしてもそれは、本人に聞けば済むことだ。
「だから、校内や校庭に集まるのは危険だ」
篤志は言う。
「……それは、そうね」
玉神を捕まえても、それで『ゾンビ』達が自分達に群がるのを諦める訳では、勿論無いだろう。
「だから、集まる場所は……あそこにしよう」
篤志は言いながら、すっ、と……
校舎の、上の方を指差した。
「……あそこって、屋上?」
志穂が問いかける。
「ああ」
篤志は頷く。
「あそこなら出入り口は一つしか無い、玉神も逃げられないだろう?」
「……そうね、いざとなったら救助が来た時とかも、早く見つけて貰えるかも知れないわ」
志穂が言う。
「良い案だ」
美雅も頷いた。
「よし」
篤志は、頷く。
そして……
ポケットから、銃を取り出す。
志穂も、美雅もそれに習う。
「志穂、お前は既に二発撃ってる、使いどころは……」
「解ってるわよ」
篤志の言葉に、志穂は頷く。
その言葉に、篤志は頷いた。
「良いか、二人とも」
篤志は、振り返る。
二人の顔を見て、はっきりと言う。
犬鳴志穂。
犬川美雅。
そして……
これからはここに、もう一人……
乾美咲が、加わるのだ。
その光景を、篤志はぼんやりと、想像していた。
だがそれには、この状況を抜け出さなくてはならない。
篤志は、表情を引き締める。
「あの『ゾンビ』達の群れの中を抜けるのは、容易じゃ無い、そしてそのまま校内に入れても、追い詰められた玉神が、どんな抵抗をしてくるか解らないし、美咲ちゃんも、簡単には見つけられないかも知れない」
「……」
「……」
その言葉に、二人は何も言わない。
篤志の言葉は、更に続いた。
「途中で、別行動をとる事にもなるだろう」
篤志は、はっきりと告げる。
「だけど……」
篤志は、笑う。
優しく、笑いかける。
二人の、『親友』に。
「必ず、最後には、美咲ちゃんも含めた四人で、また会おう」




