第二十六話:父親
所長室は、『研究所』の二階の一番奥の方にあった。
所内にはほとんど誰の姿もおらず、あちこちにある部屋を覗き込んだけれど、やはり空っぽで、ついさっきまで、ここで仕事をしていた、と言わんばかりに、稼働中のパソコンや、書きかけの書類がデスクの上に置かれ、帰らぬ主を待っていた。
そして……
三人は、所長室の前に立っていた。
「……ここか」
篤志が呟く。
その手には、もう銃が握られていた。
「……ああ」
美雅が頷く。
美雅の手にも、しっかり銃が握られている。
「……扉は、開いてるわね」
志穂が、ノブに手をかけて言う、やはりその手にも銃が握られていた。
「開けるわよ」
志穂が言う。
二人は何も言わない、ただ黙って、志穂に頷きかけた。
そして。
ばっ、と。
志穂が扉を開ける。
篤志を先頭に、二人がばっ、と中に飛び込む。
志穂が、後方を警戒しながら背中を向けて部屋に入り、扉を閉めた。
これで……室内の人間は外には出られない、この所長室の構造は、残念ながら三人とも知らないけれど、とりあえず出口を塞いで、後は……
中にいるであろう人物を……追い詰める。
それが、三人のたてた作戦だった。
だけど……
「……」
篤志は、ぐるり、と所長室を見回す。
美雅も、志穂もそれに習った。
「……誰も、いない……」
篤志が呟く。
室内には、誰の姿も無かった。所長である美雅の父親の姿も、何処にも無い。
「……親父……」
美雅が、小さい声で言う。
そのまま、ずかずかと部屋の奥まで進み、声を荒げる。
「親父、何処だ!? 親父!!」
だがやはり、返事は無い。
篤志も、室内を見回す。
分厚い本が並んだ、大きな本棚が部屋の壁の全てを埋め尽くしている、その大半が英語で書かれていて、タイトルすらまともに読めやしないものばかりだ。
篤志はタイトルの解読を早々に諦め、本棚を調べた、スライド式の本棚の後ろ、通路のようなものがあるかも知れない、そう思ったからだ。
だが、そのようなものは無かった、本棚は固定されていて、そもそもスライド式ですら無かった。
室内を見回す、観葉植物、奥の仕事机の後ろに窓が取り付けられてはいるが、そちらは本当に、ただ涼をとる為のものなのだろう、頭一つ分程度の大きさしか無いし、外はテラスにもなっていない、下は頑丈そうなアスファルトだから、外に出られたとしても地面に叩きつけられて即死するだけだろう。
「……」
つまりは……
「始めから、ここには誰もいないって事だ」
篤志は、そう結論づけた。
「……美雅……」
志穂が、美雅の顔を見る。
「……」
美雅は、俯いていた。相変わらずの無表情のまま……
だけど……
その瞳が、不安げに揺れている。
ここには誰もいない。
父もいない、母もいない。
ならば……
ならば両親は、今何処にいる?
解らない。
手がかりも無い。
「……」
美雅は、その場に膝をつきそうになった。
だけど……
「美雅」
篤志が、ぽん、とその肩を叩く。
「落ち込む前に、もっと部屋をよく調べようぜ、お前の親父さんが、本当に……」
美雅は、顔を上げて篤志を見た。
「本当に、『ゾンビ』をこの街に放ったのか、それとも全然関係無いのか、『ここ』に答えがあるはずだ」
「……」
篤志の言葉に……
美雅は、頷いた。




