第二十三話:施設
父の書斎を出た美雅は、ふらふらとした足取りで階段を下りた。
篤志と志穂は、既に玄関前にいた、家の中に何処にあったものか、美雅は覚えていないけれど、篤志の右手には大きな手提げ鞄が握られている、武器として使えそうな物や食べられる物を、きっとあの中に詰め込んだのだろう。
「大丈夫か?」
篤志が問いかける。
美雅は、無言で頷いた。
「……済まんな、勝手な行動をして」
美雅は、軽く頭を下げる。
「気にする事は無いさ、ああ、鞄借りてるぜ?」
「……構わない」
篤志の言葉に、美雅は頷いた。
「ちょっと、アンタ本当に大丈夫なの?」
志穂が、美雅の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だ、少し……考え事をしていてな……」
それが何なのかは、聞いてこない。
こいつらは、そう言う時に、そういう気遣いが出来る人間だ。
美雅は、思う。
もしも……
もしも、『兄』の秀治が死ななければ……
その気遣いは、その『兄』に向けられていたのだろうか?
「……」
そうなったら……
自分は、どうなるのだろう?
解らない……
そして……
そしてもう一つ……
もしも……
そう、もしも、だ。
もしも……
この騒動が……
始まった原因が……
「……っ」
美雅は、考え無い事にした。
とにかく今は、父と母がいる『職場』に向かう事だ。
「行こう」
美雅は、短く告げる。
それだけ告げて、美雅は歩き出す。
「……お前、本当に大丈夫なのか?」
篤志が問いかける。
「大丈夫、だ、早く……行こう」
美雅は、それだけをぼそぼそと言う。
言えない。
言うわけにはいかない。
それに……
それにまだ、『確信』だって無いんだ。
それを確かめる為にも……
早く、行かないと……
美雅は、それ以上は何も言わず、二人の顔も見ずに歩き出した。
街の郊外にある丘の上。
この街では、『一等地』と呼んで差し支えないであろう地域。
そこに……その『研究所』はあった。
『犬鳴研究所』。
そう記された、入り口脇にある大きなプレート。
それを見て……篤志も、志穂も、じっ、と美雅の顔を見ていた。
「えっと……」
志穂が、おずおずと口を開く。
「美雅、くん? アンタの……ご両親っていうのは?」
志穂が遠慮がちに言う、あの大きな家と、この研究所を見て、すっかり気後れしてしまったらしい、その口調が、美雅には少しだけ可笑しかったけれど、笑う余裕はあまり無かった。
「……ああ」
美雅は、頷いた。
そして……
ゆっくりと、顔を上げる。
「……ここの、『所長』夫婦が、うちの親さ」
そのまま、すたすたと歩いて行く。
「……」
篤志と志穂は、顔を見合わせたけれど……
やがて、おずおずと歩き出す。
美雅の自宅を後にした三人は、そのまま郊外にあるこの『研究所』を訪れていた。
美雅の、両親の『職場』である、という……この施設。
……ここに来るまでに、一体何匹の『ゾンビ』に遭遇し、やり過ごしたり、美雅や志穂の家から持ち出した包丁を頭に突き刺して仕留めたか。
それは……もう解らない。
だけど……
「……少ない」
そうだ。
この辺りは、妙に『ゾンビ』達の数が少なかった。
人もあまりいない区画だから、奴らも去ってしまったのだろう。
そんな考えは、出来る……
だけど……
だけど、美雅の脳裏には……
もっと……
もっと、別の可能性が浮かんでいた。
即ち……
この区画に現れた『ゾンビ』達は、既にもう……
この辺りを荒らし尽くして、街に下りていってしまった後なのでは無いか?




