第二十二話:書斎
「……二人とも」
美雅は、後ろにいる篤志と志穂を振り返る。
「この家の中を調べて、食べ物とか武器になりそうなものを探してくれるか?」
「……あ ああ」
篤志は頷いた。
「……アンタはどうするの?」
「……俺は……」
美雅は、目を閉じる。
「ちょっと、父親の書斎を調べてくる」
「……」
その言葉に、志穂は何かを言いかけた。
けれど。
篤志が、その肩をぽん、と叩く。
今は、何も聞かない方が良い。きっと聞いたところで、こいつは話してくれないだろう。
付き合いの長い篤志は、この親友が……本当に聞かれたくない事は、何があっても絶対に話さない人間だと知っている。
「……解ったわ」
結局、志穂も折れる事にしたらしい、それ以上は何も言わなかった。
「ありがとう」
二人に短く言って、軽く笑いかけた後……
美雅は、じっ、と。
二階への階段に、目を向ける。
ゆっくりと、二階に上がり、父の書斎へと向かう。
二階も、酷い散らかりようだった、廊下にあった観葉植物は倒れ、土がぶちまけられ、窓ガラスは全部割られている、あの『ゾンビ』共はこんな高いところへ、どうやって入ったのだろうか?
解らない……
とにかく、今美雅が目指す場所は、一カ所だけだ。
廊下の突き当たりにある部屋、父の書斎……
そこの扉を、そっと開ける。
普段ならば鍵がかかっているはずだが、今は開いている、よく見れば、ドアノブが破壊されているらしい、あの『ゾンビ』達が、ノブを壊した、という事だ。
「……」
きぃ……と軋む扉を開け、滑る様に中に入る。
この中に……
この中に、あるはずなのだ。
美雅は、目を閉じる。
そして。
顔を上げ、書斎を見る。
書斎の中も、酷い散らかり用だ。
仕事机と、美雅には良く内容も解らない難しい学術書の類、その中には医学書もあったりするが、ほとんど読んだ事は無い、父はこの書斎にある本全てを読んだ、というのが凄いものだ、と、美雅はいつも感心していた。
部屋の真ん中に置かれた仕事机に、そっと近づく。
いつもは仕事で使うノートPCが置かれているが、今日は何も無い。
万年筆がペン立てに刺さっているだけの、シンプルな机、それ以外にある物と言えば……
「……」
美雅は、机の上にある物を手に取る。
写真立てだ。
美雅と、母、そして父、中谷と小山の二人、五人で庭で撮影した写真。
父も……自分の事を、『家族』だと思ってくれている。
自分の事を、『息子』だと思ってくれている……こんな……
こんな、つまらない人間を……
「……あんたの、跡を継ぐ事も出来やしないのにな」
そうだ。
父が働く施設で、自分は働けない……父がすらすらと解ける化学式も、ほとんど自分は解らないのだ、学年トップではあっても……無理なものは無理だ。
もしかして……
「……」
美雅の脳裏に、いやな推理が浮かぶ。
目を閉じる。
考えてはいけない。
絶対に、考えてはいけない。
だが……
『ゾンビ』。
そう。
あいつらは……
紛れも無く『ゾンビ』だ。
だけど……
だけともし……
『死んだ人間』が……
『生き返る』としたら……?
「……」
そして……
美雅は、手にしていた写真立てを、そっと机の上に戻す。
そして、父の机の、正面の横に長い引き出しを開ける。
普段、この部屋で父が仕事をする時は、ドアに鍵をかけている、だから家族といえども、ここには滅多には入れない……
それに安心しているのか、この机には鍵は付いていない。
まあ、父はしっかりしているから、最初から盗まれて困るようなものは、この机の中に入れてはいないから大丈夫、という考えもあるのだろう。
その机の中……やっぱり美雅には、何が書いてあるのかもあまり良く解らない書類が入ってる机の、一番奥の方。
そこに……写真立てに入れられた、一枚の写真がある。
「……」
美雅は、じっと……
じっと、その写真を取り出して見た。
そこに映っていたのは、一人の少年。
五歳か、六歳くらいの男の子。
にこにこと、楽しそうな顔で笑い、写真に写っている。
写真立ての下の方には、その少年の名前が刻印されている。
『犬川秀治』
「……」
事故で死ななければ、この家の『息子』として育てられ……
ひょっとしたら、篤志や志穂と出会っていたであろう、この家の長男。
つまりは美雅の、『兄』だ。
そして……
父が何をしているのか……
その中身は、解らない。
だけど……
父が、何に没頭しているのか……
それは……
それは、何となく美雅にも解る。
そう。
「『死者の復活』……」
美雅は、小さい声で呟く。




