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犬たちは死者と戯れる  作者: KAIN
第三章:犬たちは死者を知る

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第十六話:帰宅

 そのまま学校から離れ、大通りに出る。志穂の家は、この先にある交差点を曲がった先にあるエリアだ。

 沢山の店が並ぶ、この街のメインストリート、日曜ともなれば大勢の人で賑わっているはずだ。

 だけど……

「……うっ」

 志穂が、思わず呻いていた。

「……」

 篤志も、顔をしかめる。

 大通りは、酷い光景だった。

 逃げようとして事故に遭ったのだろう、通りの真ん中に、何台もの車がひっくり返っていた、ガソリンが漏れているのか、嫌な臭いが漂っていた。

 そして……

 その車の近くを……

 あるいは道路の真ん中を……

 或いは、歩道を……

 我が物顔で、歩き回っているのは……

「……あいつら……」

 篤志は、ぎりっ、と歯ぎしりした。

「……ううう……」

 呻き声が、近くにいる奴から聞こえる。

 『ゾンビ』達だ。両親を殺したのと同じ奴ら、ボロボロの衣服に、土気色の肌、眼球の無い白い瞳、口から漏れる呻き声……

 篤志は、そのまま近くにいる奴に飛びかかりそうになった。

 だけど……

 ぽん、と、後ろから肩を叩かれる。

 美雅だ。

「あいつらは、音に敏感だ」

 小さい声で、美雅が言う。

「……解ってるよ」

 篤志は言う。

 つまりは、こちらが大きな音を出さない限り、奴らは襲ってこない。

 静かに通り抜ければ、無駄な戦いを避けられる、という事だ。

 篤志は、ゆっくりと息を吐いて歩き出す。

 とにかく、今は先へ進まないと……


 そのまま通りを真っ直ぐ進んで、篤志はようやく理解する。

 何故、通りに現れた自分達に、『ゾンビ』達が殺到しなかったのか。無論、奴らが音に敏感である事は、既に知っていたから、篤志達も注意して、極力大きな物音をたてない様にしていたから、というのも理由の一つだろうが……

 それ以外の理由が……ようやく理解出来たのだ。

「……っ」

 篤志は、息を呑む。

 通りの真ん中……

 バス停のある、かなり大きな交差点……目の前にはコンビニも見える、滝山高校へ向かう方面、志穂の家に向かう方面、街外れにある高級住宅街へ向かう方面、駅へと向かう方面……道が四つに分かれている、当然車も多いし、市営バスもひっきりなしに走っている。

 そこに……バスが一台、横倒しになっていた。

 バスに乗って逃げようとしていたのか、あるいは走っている最中に、あの『ゾンビ』達に襲われたのか……解らない。

 だけど……

 横倒しになったバスの中には……まだ……

 まだ、大勢の人が乗っているらしかった。

 何とか逃れようとしているのだろう、ばん、ばん、と、内側からガラスを叩く音がしている、或いは、近くにいる篤志達に気づいた誰かが、助けを求めているのかも知れない。

 バスのエンジンはまだ生きていて、静まり返った大通りでは、その音はかなり大きく響いていた、そして……

 そしてそれが、あの『ゾンビ』達をおびき寄せる要因になっている。バスの中にいる人々は、それに気づいているのだろうか?

 その周りを、無数の『ゾンビ』達が徘徊していた……

「……ああ……あああ……」

「ううう……」

「おお……おお……」

 呻き声が、まるで合唱の様に響く。

 キャンプファイヤーでも囲んでいるみたいに、沢山の『ゾンビ』達が、バスの周りを周回している、音は聞こえるけれど、それが目の前のバスからだという事が解らないのだろう、とにかく、近くに『獲物』がいる、という事だけは察していて、そいつらを狙って歩いている、という感じだ。

 だがそれも……時間の問題だろう、いずれ近くにいる奴が、バスに取り付く、そうなれば……

「……っ」

 篤志は、ばっ、と銃を構えた。

 本物の銃なんて、当然見るのも、手にするのも初めてだ、ましてやそれを撃つなんて、そんな経験も、篤志には今まで一度だって無かった。

 だけど……

 だけど……このままではあのバスの中の人達が……

「ダメですよ」

 美咲の声が響いて、手首を強引に掴まれる。

「折角、良い『囮』がいるのに、わざわざこっちに気づかせてどうするんですか?」

「……『囮』って……」

 篤志はじろり、と美咲を睨み付ける。

「……『囮』です」

 美咲は、平然と言う。

「あんなに沢山の『ゾンビ』達が、このまま一斉にこっちに来たら、その銃だけじゃとても戦えませんよ?」

「……っ」

 篤志は鼻白む。

 それは……確かにそうだ。

「さっきも言いましたよね?」

 美咲が、更に畳みかける様に言う。

「『予備の弾は、手に入らなかった』んです」

「……」

 その言葉に、篤志は……

 篤志は、押し黙る……

 そうだ。

 予備の弾は、無い。

 つまり……

 ここで奴らを相手にすれば……当然、今の弾数では足りない。

 全員であいつらと戦っても、全滅させるのは不可能な数だ。

 いずれ弾が尽きる、そうなれば……

「今大切な事は、何ですか?」

 美咲が、問いかける。

「……」

 篤志は、何も言わない。

「答えて下さい、今、大切な事は?」

「……」

 篤志は、項垂れた。

 解っている。

 今、自分達がするべき事。

 今、自分達がしたい事。

 そして……

 今、自分達に『出来る』事。

 誰も彼も、『ゾンビ』達に襲われている全ての人間を救えるほど、自分達は強くも無いし、特別な『力』も無いのだ。

 今バスの中に取り残されている連中と自分達は、何も変わらない。ただ……たまたま自分達はバスの外にいた、そして彼ら、彼女らはバスの中にいる、たったそれだけの違いでしか無い。

あの玉神弘光の言葉が、頭を過る。


『『力』の無い者達は、もはや死ぬしか無い』


 彼らに、あのバスの中から脱出するだけの『力』があるか、無いか。

 もう……それは彼ら次第なのだ、自分達には……

 何も……してやれない。

 篤志は、くるりとバスに背を向けた。

 そのまま、ゆっくりと歩き出す。他の三人も、黙ってそれに続いた。

 ぎし……

 ぎし……と。

 車体が後方で、大きく揺れる音がしたけれど……

 もう……

 篤志達は、振り返らなかった。


 やがて大通りを抜け、家々が立ち並ぶ一角に出る。

「……もうすぐよ」

 志穂が、沈痛な面持ちで言う、彼女にもさっきの大通りの光景は、重いしこりとなって心に残っただろう、美雅だって黙り込んでしまっている、けろりとした表情でいるのは、乾美咲ただ一人だけだ。

 だけど……

 すぐに、みんな表情を引き締めた。

 交差点を抜け、角を曲がった直後に聞こえたのは……

「……ああ……あああ……」

「うう……うう……」

 絞り出すような、呻き声だった。


 交差点を抜けた先。

 コンビニがある角を曲がれば、そこに広がっているのは、住宅街、とまでは言えないが、そこそこの大きさの家が建ち並ぶ一角。

 広めの道路は多分、この付近の家々の人達が、車やら何やらで移動する際に動きやすくするためだろう。

 そこに……数体の『ゾンビ』達が徘徊していた。

 薄汚れた服を着ていても、そのうちの一匹が身に纏っているのが、全国チェーンのコンビニの制服である事は間違い無かった、つまり……中にいて襲われた、という事だろう。

 そして……

 そいつらと一緒に歩いている中にいる初老の女性……

「……島田の、おばあちゃん……?」

 志穂が呟く。

 篤志は、その志穂の顔を見る。

 とても悲しそうな……志穂の顔……

 だけど……

 悲しんでいる時間は、四人には無いのだ。

「突っ切ろう」

 篤志は、短く告げた。いつまでもここにいれば、いずれ奴らに群がられる、そうなったら、志穂の家に向かうどころでは無くなってしまう。

「そうですね」

 言ったのは美咲一人。だけど、他の二人も同じだろう、とにかく、急いでここを抜けないと、志穂の家には行かれないのだ。

 そして……

 篤志を先頭にして、四人は一斉に走り出した。


 たっ、たっ、たっ、と。

 静まり返った道路に、四人の足音は異様なまでに大きく響いた。

 すぐに、近くにいる『ゾンビ』が反応してくる、あのコンビニの制服を着ている奴だ、近くで見れば、二十代そこそこの男性だと解る。

「おおおおお……」

 呻きながら、先頭に立つ篤志に向かって、ゆっくりと手を伸ばす、篤志は咄嗟に、そいつに銃を向けようとした。

 けれど……それよりも早く……

 たたっ、と足音が響いた、美雅だ、後方から駆け寄り、そのコンビニ店員の脇腹に蹴りを見舞う。

 ぼすっ、と音がし、そいつがよろめいてその場に倒れ込んだ。

「行くぞ」

 他の『ゾンビ』を近づけないようにする為だろう、小声で言い、美雅はそのまま篤志と併走して走り出そうとした。

 だけど……


「うあっ!!」


 後ろから聞こえたのは……志穂の声。

「っ!?」

 篤志は息を呑んだ。

 二人は、同時に背後を振り返る。


 前方にいる、制服を着たコンビニの店員が、美雅に蹴り飛ばされて倒れる。

 志穂には、その店員も見覚えがあった、自宅近くの、いつもちょっとした買い物に行くコンビニの店員だ、志穂の事をにやけた目で見ていて、正直あまり好きでは無かったけれど……それでも……

 あんな姿に……なってしまうなんて……

「……」

 志穂は、なるべくその店員の顔を見ないように、顔を逸らして走ろうとした。

 だけど……

 それが、いけなかった。

「ああああああ……」

 すぐ近くにいた『ゾンビ』の存在を、一瞬視界の外に追い出してしまったのだ。そのまま気味の悪い呻き声と共に、右肩を掴まれる。

「うあっ!!」

 志穂の口から、思わず声が漏れる。

 慌ててその手を振りほどこうとする。だけど……

「……っ」

 それは……あの島田だった。

「……おばあちゃん……」

 志穂は、もう一度呟く。

 いつもいつも、優しくしてくれた近所のおばあさん、孫娘がいたらしいが、早くに亡くしてしまい、生きていれば志穂と同い年くらいになっていたと、悲しそうに語っていた事を覚えている、それを聞いてから、何度となく話し相手になりに家に行っていた、鈍感すぎる『親友』の愚痴を聞いて貰ったりした事もあった、志穂も早くに祖母を亡くしていたから、彼女の辛さは良く解ったし、志穂にとっても彼女は祖母のような存在だった。

 そんな……大好きな近所のお婆ちゃんが……

 今……

 土気色の肌。

 眼球の無い濁った目。

 死体そのものと言っても良い、冷たい手……

 そして……

 口から発せられる、気味の悪い呻き声と共に……

 志穂に……

 ゆっくりと……

 顔を、近づけて来る。

「……」

 志穂は、呻いた。

 噛まれる。

 頭ではそう解っている。

 だけど……

 身体が、動いてくれない……

 志穂は、ぎゅっ、と両目を閉じた。

 だけど……


 がしゃ……


「……?」

 聞こえたのは、微かな金属音。

 その音がした方を、思わず志穂は、目を開けて見ていた。

 美咲だ、志穂の背後から手を伸ばし、島田の額に何かを押し当てている。

 それは……拳銃だ。あの体育館から、彼女が持ち出して来た銃。

「志穂さん」

 美咲が、淡々と言う。

「耳を塞いだ方が、良いですよ」

 その言葉の意味を、志穂が理解するよりも早く……


 ぱあんっ!!


 銃声が、静かな通りに響いた。


 そのまま……

 額から赤黒い血をぶちまけながら、島田の身体がぐらり、と仰向けに倒れていく。

「……あ……」

 志穂は呻いた。

 だけど……

 美咲は、何も感じていないかのように、すっ、と銃をポケットに戻した。

「行きましょう、今の銃声で、間違い無く何匹かが寄って来ます」

 そのまま志穂の返事も待たずに、美咲は志穂の手首を掴んで走り出す。

 一部始終を見ていたのだろう、足を止めていた篤志達も、志穂の無事を確認したかのように走り出した。


 道路の奥、左右に分かれた道を左へ進み、曲がり角を曲がればすぐ目の前に、志穂の家がある。

 この辺りでは、かなり大きい家、と言って良いだろう、白い壁に、アーチがついた白い門、門から玄関ドアにたどり着くまでには、母親が趣味で育てている鉢植えに咲いた色とりどりの花が出迎えてくれる。

 だが……

 今、それらの鉢植えは全て倒れ、粉々に割れ、土をドア前にぶちまけていた……

 そして……

 庭に面したリビングの窓は、今や粉々に砕け散っていた……ガラスが中に散乱している事から、多分外から何者かが割ったのだろう……無論、中に入るために、だ。

 リビングの中を、ちらりと覘き込んでみる、そこには誰の姿も無く、ガラスが散らばり、ソファーがひっくり返っているだけだ……

「……」

 志穂は、それを見ながら言葉を失っていた。

 ほんの四時間ほど前……ぶつぶつとぼやきながら補習を受けに学校へ行くため、この家の門を通った時には、いつもと何も変わらない日曜日だったのに……

「……母さん……」

 志穂は、小さく呟く。

 そのまま、一歩足を前に踏み出す。

「父さん……」

 門を通り抜け、家の玄関口へと向かう。

「果穂……」

 妹の名前を呼びながら、ノブを掴む。

 ドアノブは、簡単に廻った。

「……みんな……!!」

 志穂は呻いて、ばんっ、と乱暴に扉を開けて中に入る。

「……」

 篤志も、何も言わずに黙ってその後に続こうとした。

 だけど……

 すっ、と。

 まるで通せんぼするみたいに、横にいた美咲が篤志の前に腕を差し出して来た。

「……何だ?」

 篤志は、顔をしかめて美咲を見る。

「女性の家ですよ? 男子は入ったらダメです」

「……そんな状況じゃ無いだろう? もしも……」

 中に……『ゾンビ』がいたら。

「ダメです」

 美咲の口調は容赦無い。

「……っ」

 篤志は、ムッ、とした顔になる。

「お前、一体何がしたいんだよ?」

 篤志の問いに、美咲は……

 美咲は、小さく笑う。

「とにかく、今、あの人の事は私が見ますから、お二人は庭を調べてきて下さい」

 その言葉に、篤志はますます不機嫌な顔になる。

「良いですね?」

 ぴしゃり、と美咲が告げる。

「……」

 沈黙が、二人の間に下りた。

 ややあって……

「今は、言い争っている場合じゃ無い」

 美雅の声が、割って入る。

「とりあえず、そいつの言う通りにしよう」

「……美雅」

 篤志は咎める様な声を出す。

 だけど美雅は、それ以上は何も言わないで、ゆっくりとした足取りで、歩き出していた。

 篤志は、じろり、と美咲を睨み付ける。

 美咲は、にこにこと微笑んだままだ。

「……あいつに……」

 篤志は、低い声で言う。

 この少女は、確かに、自分達をあの体育館から出してくれたりもした、そういう意味では恩人だ。

 だけど……

 何を考えているのか、未だに解らない、そもそも何故、自分達に協力してくれるのだろう? 自分の親の事を放置してまで、ここまで一緒に来てくれた、その理由はなんだ?

 そして……

 志穂が、あの体育館で、彼女が横に座った時に見せた、険しい目つきを、篤志は忘れていない。

「あいつに妙な真似をしたら……」

「しませんよ」

 美咲は、にっこりと笑う。

「私は、ただ……」

 ちらりと、志穂が入って行った辺りを、美咲が一瞥する。

「ただ、あの人と仲良くなりたいだけです」

「……」

 篤志は何も言わない。

 無言で、美咲を睨み付ける。

 だけど……

 確かに今は、この少女と争っている時じゃない。

「……解った」

 篤志は、軽く息を吐いて言う。

 そのまま、篤志は歩き出す。

 門を通り抜け、土まみれになってしまった玄関通路を横に曲がる。

 道路に面した庭には、誰の姿も無い、この家に最後に来たのは、まだ小さい頃だったけれど、間取りなどは変わっていないだろう、確か、正面の庭を奥に抜けた先に、裏庭があったはずだ。既に美雅は、そちらに向かったのか、正面の庭に彼の姿は無い。

 篤志は黙って、ゆっくりとした足取りで正面の庭を抜けて裏庭へと向かう……

 もう一度、ちらりと背後を見る。

 美咲は、悠々とした足取りで家の中に入って行った。


「……これでようやく、邪魔者がいなくなったわね」

 美咲は、小さく呟く。

 そのままゆっくりとした足取りで家の中に入る。

 玄関に入れば、やや埃っぽい空気が辺りに漂っていたけれど、それでも……

「あの人の家だ、と思うと……」

 美咲は、艶然と笑う。

 ちらりと床を見る、ガラスが散らばっていた、申し訳ないが靴は履いたままで良いだろう、三和土に靴が無いところを見ると、志穂も多分履いたままだ、まあ、動揺していて忘れているのかも知れない。

「……そんなところも可愛い」

 美咲は呟いて、そのまま……

 そのまま、靴のまま家の中に上がり込んだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 知り合いもそうでない人も、たくさんの人を見捨てて行かないといけない……バスの場面や島田のおばあちゃんのところは読んでいてとても辛かったです。でも、仕方ないんですよね……。
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