第十四話:話合
ひとまず、校長がいなくなって、皆の心には安心感が生まれたらしい。
体育館の中には、ざわめきが戻って来ていた。もっとも、その声はかなり小さく、囁きあうような声ばかりだった。みんな外にいる『ゾンビ』達を警戒しているのだろう。
周囲には、銃を持った物々しい雰囲気の生徒会の役員達……
これはまさに……『国』と呼べるに相応しいだろう。
「……」
篤志は、生徒会の生徒達を見る。知っている顔もいくつかあったけれど、篤志と顔を合わせてもにこりともしない。
みんな黙って、集まっている人々に目を向けているだけだ。
篤志は、それ以上彼らに何も言わず、視線を正面にいる三人の方に向けた。
「……それで」
篤志は、皆に問いかける。
「これから、どうする?」
「……アタシは……」
口を開いたのは、志穂だ。
だけど、その先を続けるよりも早く。
「まあまあ」
朗らかな声が、割って入る。
あの乾美咲という女子生徒だ。
ごそごそと、スカートのポケットから携帯電話を取りだし、すっ、と三人の前に差し出す。
「こうして知り合えたのも何かの縁ですから、折角ですし、お互いの連絡先でも交換しませんか?」
「……あのなあ……」
篤志は呆れた顔になる。
「今はそんな場合じゃ無いだろう? だいたい携帯なんか……」
この状況では、いずれ携帯の基地局もあの『ゾンビ』達に蹂躙され、破壊されるだろう、そうなれば、どうせ携帯なんか使えなくなってしまう。
篤志は、そう言おうとした。
だけど……
「まあまあそう言わずに……」
少女、乾美咲は言いながら、すっ、と携帯を篤志の眼前に差し出して来る。
「……っ」
その画面を見た瞬間に、篤志は思わず声をあげそうになっていた。
そこに表示されていたのは……アドレスを交換する為の画面では無く……
携帯の、メモ帳だった。
短くメッセージが表示されている。
『ここを脱出するのなら、生徒会の人達に聞かれないように会話しましょう』
「……」
篤志は、それで彼女の意図を察した。
ごそごそと、ポケットから携帯電話を取りだし、素早くメモ帳の機能を立ち上げて少女の眼前に突き出す。
『確かに、その通りだな』
志穂と美雅も、それを察したらしい、携帯をポケットから取り出す。
「それじゃあ、美咲ちゃん、アドレス交換してくれる?」
「はいはい、どうぞー」
ニコニコしながら志穂の方に携帯を向ける美咲を無視し、志穂が携帯電話を差し出す。
『アタシは、ここを出たい、街に両親と妹が残ってるの、放ってはおけない』
「……」
美咲がちょっと口を尖らせたけど、誰もそれに関しては何も言わない。
美雅も、無言で携帯を差し出して来る。
『俺も、両親が職場にいる……出来れば探しに行きたい』
それを見ながら、篤志は頷いた。
篤志も、この『国』にはいられない……
それだけの……
それだけの、『理由』がある。
『ここを出よう』
篤志は、素早くメッセージを打ち込んだ。
そのメッセージに、三人は頷いた。
『で、どうやって?』
志穂が問いかける。
『とりあえず必要な物は……食べ物と飲み物、それに……』
『武器、ですよね?』
美咲が素早くメッセージを打ち込んだ。
その言葉に、三人は頷く。
確かにそうだ。
『ゾンビ』達に対抗するためには……『武器』がいる、刃物やバットなどだ、篤志が最初に美咲を助けた時に使っていたバットは、既に奪われてしまったし、どのみちあんな物じゃ、あいつらに対抗出来るとは思えない……
「……」
篤志は、唇を噛んだ。どうする? あの『ゾンビ』達に対抗出来る武器を、何処で手に入れる?
そして……
それだけじゃ無い。
篤志は、ちらりと視線を周囲に向ける。
生徒会の役員達が、相変わらず銃を手に巡回している。
「……」
うっかり、ここを出ようとすれば、彼らが黙っていないだろう。どんな手段を用いてでも止めようとするに違い無い、そう……
あの手に握りしめられた銃が……こちらに……
こちらに、向けられる事だってあるかも知れない。
否。
きっと確実に、奴らはあれで、自分達を撃とうとするに違い無いのだ。
『あいつらを、どうやってやり過ごす?』
篤志は、メッセージを打ち込んだ。
それに……
『この体育館の、何処から外に出られる?』
そうだ。
既に扉という扉、窓という窓は、全て施錠されている。中から開けられないことも無いけど、そういう場所には多分、生徒会の生徒達が……
つまりは……
この『国』の『兵士』達が見張りについているのに違い無い。
『それなら、問題ありません』
美咲が、メッセージを打ち込んだ携帯を差し出して来る。
『さっき、友達に確認しました、見張っているのは正面と裏口、三時間おきに交代するそうです、で、次の交代の時間は……』
美咲が、素早くメッセージを打ち込む。
『後一時間後、十二時ジャストです』
「……」
篤志は意外そうに、少女を……
乾美咲の顔を、見た。一体……彼女はどうやってそんな事を聞き出したのだろう?
『一時間、ここで待ちましょう』
美咲が素早くメッセージを打ち込んだ。
『その後、裏口から脱出するんです』
『見張りはどうするのよ?』
志穂が問いかける。
美咲は、首を横に振る。
『見張りの人は、次に裏口には来られません』
『……なんで、そう言い切れるんだ?』
美雅が問いかけた。
その言葉に……
美咲は、首を横に振る。
『今は、私を信用して下さい』
表示されたメッセージは、ただその一言だけ。
志穂が顔を上げる。
美雅も、顔を上げていた。
二人の目が、美咲という少女に向けられる。
篤志も、黙って……
黙って、美咲を見ていた。
だけど……
美咲は……
それ以上は、何も言わず、新しいメッセージを打ち込むことも無いままに……
にっこりと、微笑んだ。




