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犬たちは死者と戯れる  作者: KAIN
第一章:犬たちは死者から逃れる

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13/40

第十三話:校長

 体育館内には、まだざわめきが響いていた。

 だけど……


 ばたんっ


「……?」

 突如として、出入り口付近で大きい音が響き、その音に、ざわめいていた人々がびくっ、と身体を震わせたりしながら沈黙する。

 どうやら、体育館の出入り口の扉が閉じられたらしい。『生徒会』の腕章を付けた数人の生徒達が、扉にしっかりと鍵を閉めるのが見えた。

 開いていた窓も、ぴったりと閉じられ、鍵がかけられる。

 あの『ゾンビ』達の対策だろう。奴らは力も強いし、音にも敏感だが、基本的に知恵は無い様子だから、多分鍵をこじ開けるような真似は出来ない、それを見越して扉を閉めたのだ。

 そして……

「……あれって……」

 志穂が、ぽつりと呟く。

 その言葉に、篤志と他の二人も、志穂が見ている方を見る。

 体育館の正面。

 全校集会の時などで、教師達が立つ演壇の上に、一人の男が姿を現していた。

 初老の男だ。

 パリッとした高級そうなスーツを着こなし、髪は白かったけれど、きちんと整えられている。

 体つきも、年齢を感じさせないがっちりとした体型だ。

「……校長、ですよね? うちの高校の」

 美咲が小さい声で呟く。

「……」

 誰も、何も言わない。

 そう。

 確かにそこにいるのは、間違い無く……

 篤志達が通う、滝原高校の校長だった。


 校長が、ゆっくりと一礼する。

 誰も何も言わない。黙ってそれを見ていた。

 ややあって……

「まずは皆さん、ご無事で何よりです」

 校長が、穏やかな口調で言う。

「私は当校、滝原高校の校長を務めます、(たま)(がみ)(ひろ)(みつ)と申します」

 校長、玉神弘光はそう言って、またしても頭を下げる。

「……」

 篤志は、意外そうな表情で校長を見ていた。この校長は、確かに性格は穏やかだけれど、普段の朝礼や全校集会の時には、何処か上からの発言で物を言い、生徒達からはあまり好かれていなかったというのに……今は……

 今はまるで、別人の様に落ち着いた雰囲気になっている。

「……なんか、いつもと雰囲気が違うな、校長……」

 美雅が、少し驚いた様子で言う。

「……ああ」

 篤志は頷く。

 一体……

 一体何が、彼を……変えたのだろうか?

 こんな状況だから?

 否。

 そればかりでは、無い気がする。

 とにかく……

 今は……

 黙って、この男の話を聞くべきだろう。

 篤志は、自分がそんな風に思っている事に驚いていた。この状況だから、確かに『大人』というものに頼りたくなるのは道理だけれど、あの校長は……

 あの校長は、『そういう』人間では無かった。少なくとも、この騒動が起きるまでの間は。

「……」

 篤志は黙って、校長を見ていた。


「……まずは、『奴ら』は音に敏感です、それ故にマイクの使用は控えさせて頂きます」

 そう前置いてから、玉神はぐるりと体育館内に居合わせた人々を見回す。

「既に、皆様目にしたとは思いますが、我が街は、生ける屍達に占拠されました、何処で誰が生き残っているのか、残念ながら我々も正確には把握しきれてはいません」

「……」

 その言葉に、何人かの人々が俯いた。

 皆、家族の事を考えているのだろう。

 出来れば、迎えに行きたいと思っているのに違い無い。

 篤志は、そう思った。

「もしかしたら、この街、いいえ……」

 玉神は、そこで言葉を切り、首を横に振る。

「この『世界』で生き残っているのは、我々だけかも知れません」

「……そんな……」

 誰かが呟く。

 その声がした方を、玉神はじっと見つめる。

「残念ながら、『奴ら』に関して何も解らない以上、そう考えるのが一番妥当でしょう」

 その言葉に、声を上げた奴は、小さく呻いた。

「……」

 篤志も、目を閉じる。

 美雅や志穂以外にも、自分のクラスには沢山の生徒がいた、それなりに親しくしていた奴だっている。

 みんな……今、何処でどうしているのだろう?

 無事なのか?

 それとも……

「……」

 篤志は、軽く頭を横に振った、今は考えても仕方が無い。

「いずれにしても、我々には『奴ら』と戦う術も、何故あのような者達が現れたのかも、調べる術もありません、それ故に、ここに退避するという道を選ばざるを得なかったのです」

 それは……確かに事実だ。

 玉神の話は、更に続く。

「皆様におかれましては、ひとまずはここに腰を落ち着けて頂き、救援を待って頂きたい」

「……ち ちょっと待って下さい」

 手が上がる。

 篤志達よりも年下の少女だった、中学生くらいだろうか?

「わ 私、お母さんとお父さんを探しに行きたいんです」

 少女が言う。

 だが玉神は、軽く首を横に振った。

「申し訳ありませんが、それは許可出来ません」

「……そ そんな……」

 その言葉に、少女が絶句する。

「そんなの、ひどいじゃ無いか!!」

 別な声が上がる、今度は年若い男性だった。

「俺は隣町に家があるんだ、家族を迎えに行かせてくれよ!! 女房と子供が、家でどうなってるか……」

「それは、ダメです」

 玉神は、もう一度、ぴしゃりと告げる。

「……何でだよ!?」

 男が怒鳴る。

「この体育館の中には、皆様全員だけであれば、どうにか養えるだけの備蓄があります、ですが……」

 玉神は、全員をもう一度見回した。

「それ以外の者達まで養えるだけの水や食料はありません」

「……それは……つまり……」

 最初に手を挙げた少女が言う。

「家族を見捨てて、ここにいろって事ですか?」

「……」

 その言葉に、玉神は目を閉じる。

 だけど……

 少しして、目を開けた玉神は、はっきりとした口調で告げる。

「はっきりと言えば、そういう事です、皆様はここから出てはならないし、これ以上余計な人間を収容する事は許しません、皆様は、ここで生きる事が出来ますが……」

 他の人間は、その限りでは無い。

 篤志は、思った。

「他の者達は、もう……助けられません」

「……そんな……」

「……ひでえ、ひでえよアンタ!!」

 女中学生が呻く様に言い、若い男性が怒鳴る。

 他の人達からも、小さい声で、あるいは大っぴらな抗議の声が上がる。

 けれど玉神は、動じた様子も無く、自分の背後、演壇の後ろ側に立つ生徒達に目配せしてみせる。

 それを見て、一人の男子生徒が前に進み出る。

 こちらも『生徒会』の腕章を付けた男子生徒だ。篤志はそれが、この学校の生徒会長である事に気づいた。

 抗議の声が上がる中で、その生徒会長が、校長を守るようにすっ、と、静かな足取りで演壇の前に進み出る。

 そして……

 懐から、何かをゆっくりと取り出した。

 それが何なのか、その場にいるみんなが認識するよりも早く……


 ぱあんっ!!


「っ!?」

 風船が割れるのにも似た乾いた音。

 次いで……


 がしゃんっ!!


 ガラスが砕ける音、次いで、体育館の真ん中に、まるで雪の様にパラパラと、白い『もの』が降ってくる……

 それは……体育館の照明だった。


 その音。

 そして……

 降り注いだそのガラス片を見て……

 抗議していた人々が、全員、ぴたり、と黙り込んだ。

「……もしも」

 玉神の静かな声が響く。

「今言った事に従わず、食料の奪い合いをしたり、あるいは……誰か他の人間をここに入れようとしたり、許可無く、ここから出たり、あるいは誰かを入れたりした場合」

 がしゃ。

 がしゃ。

 がしゃ。

 と、体育館のあちこちで音が響く。

 館内のあちこちに立っていた生徒達。全員が全員、『生徒会』の腕章を付けた生徒達、生徒会に所属する生徒達だ、この学校は、妙に生徒会の役員が多い事で有名だった。

 そして……

 その全員が……

 形状や、大きさは様々だったけれど……

 全員が、黒光りする銃を、しっかりと握りしめていた。

 それらを、容赦なく人々に向けている。

「その者達に対して、私どもは容赦致しません」

「……」

 篤志は、思い出す。

 ここに入る前……

 体育館入り口で、『噛まれた』疑いのある子供を、生徒会の役員が、何の躊躇いも無く殺していた事。

「もはや――」

 玉神は、そこでにっこりと笑う。

「取り繕うのは止めにしましょう」

 玉神が言う。

 その口調に、さっきまでの穏やかさは微塵も無い。

 人を見下し、小馬鹿にした、いつものこの学校の校長の態度だ。

「皆様は、運良く生きてここに辿り着けました、つまり……」

 玉神は、もう一度全員を見回す。

「つまり皆様は、この『狂った』状況で、生き残るだけの『力』がある『人間』です」

 篤志は……

 そして他のみんなも……

 何も、言わなかった。

「私は、そうした『力』のある皆様を、心から尊敬し、歓迎致します、ですが……」

 にやり、と。

 玉神が、人をバカにした笑みを浮かべる。

「その『力』の無い者達は、もはや死ぬしか無い」

 つまり……

 自分の両親には、その『力』が無かった、という事だ。篤志はふんっ、と鼻を鳴らしたいのを堪えながら思った。

「『そういう』時代が、ついに到来したのです」

 玉神が言う。

「生き残った『強運』、そして己の『力』を存分に享受する事です、そして……」

 玉神は、もう一度。

 もう一度、全員を見回す。

「それ以外の事は、全て忘れてしまいなさい、そうすれば皆様は、新たな人類となる事が出来ます」

「……っ」

 篤志は、思わず胸を押さえていた。

 志穂も、顔をしかめている。

 美雅も、あまり感情を表に出さないタイプの彼が、嫌悪感をあらわにしていた。

「……新興宗教、いえ……」

 美咲が、小さい声で言う。

「新興国、ですね、校長先生が『王様』の、新しい国の誕生ですよ」

 その言葉に、誰も何も言わない。

 やがて……

「それでは皆様、ひとまずはおくつろぎ下さい、後ほど、食料を配布致しますので」

 玉神。

 否。

 この場にいる全員の『王』は。

 そう言って、最初の時と同じに全員に非の打ち所の無い礼をした後。

 ゆっくりと、演壇の袖の方へと歩いて行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 安全な場所なのかもしれないけれど……完全に管理されて、家族に会いに行く自由もないなんて……、玉神校長が独裁者みたいで嫌ですね(;´・ω・) 私だったら逃げ出したいって思うなぁ。
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