第十二話:紹介
「とりあえず……」
朗らかな声が響く。
あの少女だ。昇降口で『ゾンビ』達に襲われていた少女。今ではすっかり落ち着きを取り戻したらしい、にこにこと愛想良く微笑みながら三人を見ている。
「……」
その少女の笑顔に、志穂だけが何故か表情を曇らせていたけれど、篤志と美雅がそれについて問いかけるよりも早く、少女が明るく言う。
「お互い、自己紹介でもしませんか? 皆さんはお知り合いみたいですけど、私は皆さんの事知りませんし……」
少女の言葉に、篤志ははたと思い至る、確かに、この少女の事を、自分達は何も知らない。
「……そうだな」
篤志は頷く。
「……そんな事してる暇あるの?」
志穂が問いかける。ややぶっきらぼうな口調だったけれど、篤志にも美雅にも理由が解らない。
「確かに、色々と考えなきゃならない事は多いだろうけど……」
美雅が言う。
「互いの名前も解らないと不便だぜ? 俺達は……」
美雅が言うより早く……
「長い付き合いに、なりそうですし、ね」
少女が、志穂を見ながらにっこりと笑いかける。
「……」
志穂が、その言葉にまた不機嫌な表情になったけれど、それ以上は何も言わなかった。
「まずはやっぱり、言い出しっぺの私からですかね?」
少女が言う。
「乾美咲です、二年生でB組です」
少女、乾美咲は、志穂に向かって何故かにっこりと笑いかけて言う。なんだかその言葉も、三人に、というよりは志穂だけに聞かせているような気がした。
「……犬鳴志穂、A組よ」
志穂は、無愛想に言う。
「よろしくおねがいします、志穂さん」
美咲が愛想良く言う。
「……」
志穂は何も言わない。
「……」
この二人は、何かがあったのだろうか?
篤志は思った。
美雅も、似たような事を思っているのだろうが、何も言わなかった。今はとりあえず、自己紹介が先だろう。
「犬川美雅だ、A組で、この二人とは一応、幼馴染みって関係だ」
「……よろしくお願いします」
美咲が言う。
その目は相変わらず、志穂を見ていた。
一体……
一体彼女は……
何を、考えているのだろう?
篤志は、言い知れぬ不安を感じた。
だけど……
「……」
結局、志穂にそれ以上何かを言うでも無く、少女――
乾美咲は、じっと篤志を見ていた。
篤志も何も言わずに、その視線を受け止めていた。
何か……
何かを企んでいる様な……
少しだけ……
少しだけ、濁った瞳……
それが何なのかは、解らない。
「……」
篤志は、黙って美咲を見ていた。
だけど……
ややあって。
「あの……」
美咲が呼びかける。
「……?」
篤志は、きょとん、とした顔になる。
「自己紹介、貴方の番ですよ」
「ああ……」
その言葉に、篤志は思い出した様に頷いた。
「……犬山篤志だ、二年A組、こいつらとは幼馴染みで……」
「それ、さっき美雅さんから聞きましたよ?」
美咲がくすくすと笑って言う。
「……」
篤志は口を噤んだ。
美咲は、にこにこと……
愛想良く、微笑みながら、全員を見回した。
「皆さん、よろしくお願いしますね」
その言葉に……誰も……
誰も、何も言わなかった。