第十一話:避難
「行きましょう」
あの少女の、何処か朗らかにすら聞こえる声。
三人は、その声に、はっ、と我に返る。
「……そう、だな」
篤志が頷く。
あの赤ん坊の事、あの母親の事。
そして……
ちらり、と、生徒会の役員達の方を見る。
彼らが持っている、銃の事。
そればかりでは無い。
あの、『ゾンビ』達の事。
志穂や美雅の、両親の事。
考えるべき事は沢山ある、いつまでも……
いつまでも、この場にじっと留まっている訳にはいかない。
「行こう」
篤志は、言いながら体育館の中へと入っていった。
体育館の中には、沢山の人がいた。
それぞれが、段ボールで作られた仕切りで区切られたスペースに入り、思い思いの姿勢で休んでいる、一緒にいる相手と不安そうな顔で話しをしている者、家族にでもかけているのか、携帯電話をずっと耳にあてている者、疲れ果てた様子で完全に眠りに落ちている者、実に様々だったけれど、とりあえずは大きな騒ぎなどは起きていない様子だった。
篤志は、黙って体育館の中を見回した。ほとんど全てのスペースが埋まってしまっていて、どうやら開いているスペースは、一カ所しか無い様子だった。
そんな事を考えながら、じっと体育館を見ていた時だった。
パタパタと、足音が近づいて来る。
「……」
篤志が目をやると、それは生徒会の役員の男子生徒だった、近くまで駆け寄り、篤志達に向かって声をかける。
「『噛まれて』はいませんね?」
「ええ、さっきの『チェック』も通りましたよ」
全員を代表して、篤志が言う。その言葉に、その役員の男子生徒は頷いた。
「結構です、では、どうぞ開いているスペースに行って下さい、ああ、中ではなるべく大きな声で会話しない様にお願いします」
そこでその男子生徒は、ちらり、と体育館の外に目をやる。
「……今は、近くには『いない』みたいですけど、『あいつら』は、音や、人の声に敏感ですから」
「……」
その言葉に、篤志は黙って頷いた。
そして……
そのまま、ゆっくりとした足取りで、四人は歩き出す。
体育館の端の方。
大きなピアノが置かれ、裏口からほど近い場所に設けられたスペース。
そこが、篤志達にあてがわれた場所だった。
「……とりあえず、一服するか」
篤志が、ため息と共に言い、スペースの真ん中に腰を下ろす。
他の三人も、それに習い、篤志の右横に志穂、左横に美雅、そして正面にあの少女が腰を下ろした。
「とりあえず……」
篤志は、ちらりと左右に座る二人。
志穂と美雅の顔を見る。二人とも、さすがにその表情には疲労の色があったけれど……
「大丈夫、だったか?」
「ああ」
篤志の言葉に頷いたのは、美雅の方だ。
「お互い、悪運だけは強かったみたいだな?」
美雅がそう言って、軽く笑う。
「……そうらしいな」
篤志も、小さく笑って頷く。
「アンタこそ……大丈夫だったの? その……ここまで、一人で来たみたいだけど……」
志穂が言う。
「……」
その言葉に、篤志は黙り込む。
その沈黙で、彼がここに来るまでに何があったのか……志穂は……
そして、美雅は、すぐに察した。
この友人は……自分達と同じくらい、自分の両親の事を大切に思っている。
その彼が……
その篤志が、あんな『ゾンビ』共が突然襲って来る、と言うような事態の中であっても、両親を見殺しにして自分だけ逃げる、なんて事は、絶対にしないだろう。
だけど……
だけど今、篤志は一人だ。
それは……
それは、つまり……
『そういう事』だろう。
「……ごめん……」
志穂が、消え入りそうな声で言う。
「……いいや」
篤志は、首を横に振る。
「……お前達『だけ』でも、無事だった」
篤志は、小さい声で言う。
「それで、十分だよ」




