第十話:母親
「どうしてダメなんですかっ!?」
声が、響く。
甲高い、女の声。
篤志達は、その声がした方を思わず振り向いていた。
体育館入り口……
そこに、一人の女が立っていた。
金髪に染めた髪、ピンク色の可愛らしいエプロン、ついさっきまで台所に立って料理をしていたという様な雰囲気の、年若い主婦。その両手には、産着にくるまれた赤ん坊が抱かれている。
「どうして、この子は入っちゃいけないんですか!?」
女性が声を張り上げる。
その視線の先にいるのは、生徒会の役員の一人だ。
何処か無表情に、女性と、彼女が両手に抱きかかえた赤ん坊を見ている。
「……『噛まれて』います」
その生徒会役員の男子生徒が、冷ややかに言う。
「っ」
その言葉に、彼女は息を呑んだ。
「貴方も……」
生徒会役員の男子生徒が、女性に言う。
「……気づいていますよね?」
「……」
女性は、鼻白む。
「……そ それ、は……」
女性が呻く様に言う。
「……」
生徒会役員は、何も言わない。
篤志達も、何も言わずにその女性と、役員の男子生徒を見る。
「……でも……」
女性がおずおずと口を開く。
「この子は、その……『ああなった』旦那の歯に、ちょっと掠っただけで、さっきまで、何でも無いみたいにすやすや寝てて……」
その言葉に、生徒会役員の男子生徒は無言のまま、ゆっくりと腕を伸ばす。
「な 何を……!?」
その男子生徒に、女性が言う。
だが男子生徒は躊躇いもせずに、抱きしめられた赤ん坊に手を伸ばす、女性が庇う様に、両手で赤ん坊を抱きかかえて身体を丸める。
だが……
「手を貸してくれ!!」
その声に、近くにいた生徒会の役員達がバタバタと駆け寄って来る。
「……っ」
篤志は、その全員の手に、やはり拳銃が握られている事に気づいた。
駆け寄って来た生徒会役員達が、その女性の両肩に手をかける。
「だ ダメっ!! 離して!!」
女性が叫ぶが、役員の生徒達の手は動かない。
そのまま彼女は両手を広げさせられ、赤ん坊を取り上げられる。
「ダメ、待って!! その子は大丈夫、大丈夫なの!!」
女性が叫ぶが、役員達は眉一つ動かす事も無く、その赤ん坊を、そっとアスファルトの上に横たえた。
「……あいつら……何する気なの!?」
志穂が、篤志の横で呆然とした様子で呟く。
だが、それについて誰も、何も言わない。
そして……
かちゃ。
「っ!!」
微かに響いたのは……
銃の、撃鉄を起こす音。
「ダメ!! 止めて!! お願いだから待って!!」
女性がヒステリックに喚き散らす。
「……彼女を中へ、鎮静剤を打って寝かせてやれ」
さっき、彼女に詰め寄られていた生徒会の役員の生徒が、背後にいる生徒会の役員に声をかける。
「……はい」
答えたのは、別な女子生徒の役員。そのまま彼女は、その女子生徒に連れられ、体育館の中へと消えて行く、その口からは、まだヒステリックな怒鳴り声があがっていたけれど、もう誰も……
誰も、それを見ようともしない。
そして……
「……みんな」
最初に彼女に詰め寄られていた男子生徒が、アスファルトに横たわった赤ん坊に向け、銃を構える。
「覚悟は良いな?」
誰も、それに何も言わない。
「……もう……」
その男子生徒が、口を開く。
「もう、この『世界』は……」
男子生徒が、目を閉じて言う。
そして。
「こういう『世界』なんだ」
その言葉が終わるや否や。
銃声が、体育館前に轟いた。




