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その九十八 春日局

慶長四年(1599年)伏見城


太閤秀吉が死んで一年と経たないにもかかわらず、家康の権勢はとどまるところを知らなかった。


そんな家康の元に本多正信によって一人の若い娘が差し出された。


「殿、これが斎藤利三(としみつ)が娘、"お福"で御座います」


斎藤利三とは本能寺に於いて織田信長を討った明智光秀の家老である。


山崎の関で羽柴秀吉に敗走し、六条河原で斬首された。


顔を上げたお福と言う名の娘は年の頃二十歳ぐらいに見えた。


「母方の三条家に預けられて後、今は稲葉重通の養女となりて稲葉福に御座います」


特別美しいというわけではないが知性と品各がその立ち居振る舞いから滲み出ていた。


家康の好みであった。


正信は家康にお福を引き合わせた訳を話した。


来たるべくして起こるであろう大坂方との決戦を控えて、地理的にも縁戚関係から見てもまず大坂方に加わるであろう小早川を寝返らせることが出来ればどれだけ徳川が優位に立てるか。


小早川はまだ十八の秀秋が当主であるため、実際に家中を仕切っている家老を如何に寝返らせるかが鍵となること。


二人いる家老のうち平岡頼勝は縁戚の黒田長政による調略が期待できること。


残る稲葉正成は正室に先立たれ同じ家門からお福が継室(けいしつ)として輿入れすることになっていること。


お福は豊臣を、実父斎藤利三の仇と恨んでいること。


そこまで聞いて家康は全て合点した。


「お福、そなた若い女の身で徳川の間諜としてただ一人小早川に乗り込むというのか」


お福はさらりと答えた。


「内府様の御命令とあらば ・・・・ 」


さすがの家康も驚いた。


「して、そなたの望みは何か」


お福は顔を上げて家康をまっすぐ見つめ臆することなく答えた。


「徳川のお世継ぎの乳母としていただきとう御座いまする」


家康はきょとんとした。


「徳川の世継ぎは成人しておる、乳母などいらぬ」


お福はにっこりして答えた。


「次の次のお世継ぎのことでございまする」


家康は驚いた。自分もまだそこまでは考えていないことであった。


ぼんくら揃いの(せがれ)たちのことで手一杯だったからである。


家康は目の前に堂々と座る、このお福という女がいたく気に入った。


「約束いたそう。そなたが見事小早川を寝返らせた暁には徳川家の跡目の養育係として召抱えよう」


お福は平伏して、「徳川三代目はお福が責任をもって御養育いたします」、と返した。


そこまで見届けた正信は立ち上がってすーと立ち去った。


お福も正信に続いて下がるものかと思っていたがなぜか一人家康の前に残っていた。



「内府様への忠誠の証として、輿入れ前にこの身をお捧げいたしまする」



家康は過酷な運命を背負い懸命に生きるこのお福という女が、恐ろしくもたいそう愛おしく思えるのだった。

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