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その八十九 戦術 対 諜報

関ヶ原は中仙道に沿うかたちで東西に長い沖積平野である。


土壌は葦や(すすき)などの植物の残滓(ざんし)が何百年と腐らずに積み重なった泥炭地である。


水捌(みずはけ)けが悪く畑作に向かず、さりとて稲田にするには河川が貧弱という中途半端な土地であった。


ゆえに交通便利な広大な平野にも関わらず、長きにわたってほとんど耕作もされず放置されてきた。


秋口ともなれば一面に穂を垂らした(すすき)の原となる。


その関ヶ原の北西部の南と北から山裾(やますそ)が迫る狭窄(きょうさく)地帯に西軍の防衛線が密かに築かれていた。


当初は三成自身の居城である佐和山城一帯も待ち伏せ適地として検討されていたが、余りに策略臭いことと、伊勢方面から大津に別動隊を差し向けられると挟撃される恐れがあった。


そのため吉継と三成は、より自然な形で東軍を誘い込める関ヶ原を決戦の地に選んだのである。


東軍は行軍途上での流動的な遭遇戦として場当たり的な対応をせざるを得ないであろう戦略(・・)である。


迎え撃つ西軍にしてみれば周到に野戦陣地を構築しての迎撃戦であり、動員兵力の差がそのまま勝敗の行方を左右する後手必勝(・・・・)の鉄壁の布陣である。


それは西軍全体の布陣を見れば一目瞭然である。


関ヶ原の北西のどん詰まりに土塁を築き石田、小西、島津ら戦意と戦闘力が共に高い部隊が防衛線を死守する。


待ち伏せを悟られぬための囮として、平野部に突出した最大勢力の宇喜多勢が多段構えの堅固な陣を張り、東軍主力の攻撃を耐え凌ぐ。


機動力の高い大谷勢は回り込もうとする敵を遊撃する。


何度攻勢を掛けても崩れぬ防衛線に攻め手は焦り攻撃は単調大雑把になり、次第に攻撃力が()がれていく。


そのタイミングで無傷の援軍の大量投入で一気に反転攻勢に打って出れば攻め手は為すすべも無く総崩れの全滅である。


これが二十五年前に、兵士個々の練度と戦闘力で圧倒する武田軍を、信長が兵員の頭数だけで打ち破った長篠の戦いの本質である。


後世有名な鉄砲と馬防柵は野戦陣地の一部の特徴だけが過大に喧伝(けんでん)されたもので、そんなものが施されていると予め知られていれば側面に回り込まれて、はいそれまでである。


つまり一度しか使えない手品のような戦術で、ネタがばれてしまえば二度と誰も引っからない。


現に第二次世界大戦の時、フランス陸軍の誇るマジノ線は余りにも有名になりすぎて誰も相手をしてくれず、迂回したドイツ機甲師団により、あっという間にパリは陥落した。


あくまで相手には遭遇戦と思わせることが本作戦の(きも)であり、モチベーションはともかく動員兵力をとにかく数多く掻き集めることが本作戦の本質である。


まさに頭数だけは立派(・・・・・・・)な西軍向きの作戦である。


家康もまさか自分が武田に勝利した歴史的な戦術を自らの身で味わうことになろうとは ・・・・ 予見していた。


家康は、その必勝パターンを逆手に取ろうとした。


焦点となる動員兵力の切り崩しによって ・・・・


三成と吉継は陣地構築や誘導などの戦術に重きを置いた戦略で正々堂々家康に挑んだ。


一方の家康は、本多正信・政重親子や井伊直政、直江兼続、片桐且元、甲賀衆などの諜報部員や間諜を駆使して、極秘情報の収拾や裏切りを促す諜報活動を主とする政略で押しつぶそうとしていた。


時代は戦争の主役を、個々人の戦闘力や陣地構築などの戦術から、多数派工作や裏切りを促す戦略を経て、諜報と利益供与が支配する政略の時代へ、グラデーションを描きながら進化していくのであった。


『信と義』では『保身と利』には到底(かな)わぬ ・・・・ 寂しい時代へと ・・・・

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