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その八十八 左近の咆哮

「かかれーーーーー」


騒音に埋め尽くされた戦場(いくさば)に一際通る大音声(だいおんじょう)が響き渡った。


その声を味方の兵が聞けば、(しお)れそうな心を鼓舞され再び新手の援軍の如く敵に挑みかかっていった。


その声が敵の兵に届けば、虎の咆哮を聞いた犬の如く闘志も勇気も吹っ飛んだ腑抜(ふぬ)けとしてしまった。


左近が恐れられる理由は、この敵味方を同時に鼓舞萎縮させる特別な声の力にあった。


人間のその原始の頃に細胞に擦り込まれた、恐怖の根源を呼び覚ます力が、この壮年の男の(のど)から絞り出される声に宿っていた。


後年この関ヶ原に於いて左近の軍勢と槍を交えた黒田家中の老兵達が集う機会があった。


皆で敵将の島左近とは如何なる風体(ふうてい)の武将であったかが披露されたが、二人として同じ意見が出なかった、七尺に及ぶ大男であったとか、三間もある大槍を唸らせていたとか、

馬の胴体を一刀両断にしたとか、おおよそ人間技で無い風聞が披露された。


結局のところ左近の大音声が余りにも恐ろしくて、誰もまともに顔を上げることが出来なかったのであろうという処に落ち着き、全員で猛将島左近に乾杯を献上したとのことである。


細川忠興は何度攻め立てても一向に(らち)があかない事態に焦り出していた。


忠興が偏執的な愛情を傾けていた明智珠の仇、石田三成の首は目の前の山上にある。


三成が陣取る笹尾山の麓には、いつ作られたのか小高い土塁が連なり、敵の鉄砲隊は身を晒すことなく攻め手に斉射を浴びせてきた。


「物陰から隠れて撃ってくる鉄砲などに当たってたまるか」、と密集隊形で突入を図るも今度は中腹に据えられた大筒が火を吹いて土煙と共に兵を蹴散らした。


当時の大砲はまだ炸裂弾ではない(ただ)の鉄球ではあったが、高所から撃ち下ろす威力で地面には大穴が空き、大音響と共に攻め手に与える心理的な効果はなかなかのものであった。


この光景は戦史にかつて刻まれた経験をなぞっていた。


忠興や黒田長政ら中堅の武将達でさえ、織田信長と武田勝頼の長篠城の合戦には若輩ゆえ参加していなかった。


今まさに自分達がかつての武田の軍勢の如く何度押しても敵陣を制圧できずにじりじりと攻撃力を()がれているとは気付かなかった。


「何をもたついておる、密集して突っ込めー、いや、散開して突っ込めー」


攻撃の指示も場当たりになっていた。


この先彼らに待ちうけているのは西軍の反転大攻勢による総崩れであった。


織田信長が編み出した後手必勝(・・・・)の戦術を西軍の軍師、大谷刑部吉継が関ヶ原に再現させているとに誰一人気が付いていなかった。


・・・・ いや ・・・・ それに気付いていた者が一人だけいた。


信長と共に長篠城の合戦を勝利した徳川家康その人である。


「ふふふ、戦下手(いくさべた)かと思うておったが治部殿もなかなかやり申す。いや、これは大谷刑部の献策であろうな。

大筒(おおづつ)までも山上に据えてあるとは、大垣城から夜陰やいんに紛れて出てきた割には随分と段取りの良いことである。

こちらの動きにつられてやむなく出張(でば)って来たかに見せて、実は(はな)から関ヶ原(ここ)に我らを誘いこむつもりであったのであろう。

敵ながら見事な戦略、この家康感服つかまつった」


そう言いながらも家康は内心ほくそ笑んだ。


南近江を根城とする甲賀衆はすでに徳川の諜報機関として全国各地の大名諸侯との書状の遣り取りや探索に暗躍していた。


西軍が関ヶ原の北西部に堅固な野戦陣地を構築済みなのは甲賀者の探索で既に承知するところであった。


では何故(なぜ)家康は三成と吉継の仕掛けた策略にかかるのを承知で関ヶ原(ここ)に兵を進めたのであろうか ・・・・

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