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その八十五 抜け駆け

「西軍の布陣はかくも完璧なものであるか ・・・・ 」


家康の元には密かに放っていた甲賀衆から逐一西軍の布陣の情報がもたらされていた。


「合戦の火蓋が切られる前に霧に晴れられては腰が引ける者が現れるやも知れぬな ・・・・ 」


これに及んで家康に一抹の不安が残るとすれば、それは最もやる気まんまんで先鋒を買って出たはずの福島正則が土壇場で裏切りに及ぶことであった。


家康に加勢した豊臣大名の多くは、語らずともこの合戦に東軍が勝利するということは、ゆくゆく天下が豊臣から徳川に移ることを予感しているはずであった。


清正と正則(・・・・・)を除いては。


小山(おやま)評定でも、岐阜城攻略でも豊臣大名の中で最も家康贔屓(びいき)だった正則ではあった。


しかし、それもこれも憎い三成を討ち果たしたい一念ゆえの方便であるとしたら。


いざ西軍諸将と対峙して馴染みの旗印が目の前に並び立ったとき、悪い夢から覚めたかのように寝返らないと果たして言い切れるだろうか。


万が一そのような事態とならば精緻に書き上げた関ヶ原(・・・)の筋書きが全て狂ってしまう。


念には念を入れるべく家康は中堅に布陣する謀臣井伊直政に、戦の作法に反するのは百も承知で、ある指示を与えてた。




薄れ行く霧の向こうに西軍の最大勢力、宇喜多の旗が幾重にも並び立つのが見えてきた。


最前線に立つ福島正則は果たして家康の読み通り、この期に及んで心中に浮かんでは消える疑念と自問自答していた。



・・・・ 内府殿は本当に秀頼様を盛り立てて下さる御積もりが有るのだろうか ・・・・



正則は秀頼が淀の方と治長の子などとはどうしても信じられなかった。


まして内府が皆に触れ回っているように三成の子などとは到底信じてはいなかった。



・・・・ いくら三成を孤立させる為の方便とはいえ、あそこまでするであろうか ・・・・



治長を馬回り役に取りたてたのも、且元を守役にしたのも、三成を奉行として重用(ちょうよう)したのも太閤殿下(おやじさま)御本人である。


三成憎しに目も心も曇った自分は内府に上手く乗せられて、先陣(ここ)まで来てしまったのではないのか。 



・・・・ 俺はこんなところで何をしているのだ ・・・・ 



正則の心を覆っていた憎悪の深い霧に一筋光が差し込もうとしたその時、薄れゆく霧の先に赤く動く一隊が目に入った。


先鋒の自分達より前には敵しかいないはずである。


福島家家臣の可児才蔵(かにさいぞう)が正則の処へ駆け付け注進した。


「井伊直政殿、松平忠吉様の初陣の見物と称して抜け駆けを仕掛ける気配に御座います」



・・・・ 内府め、心を読みおったか ・・・・



前方からの「てー」、の合図と共に赤い一群が一斉に宇喜多勢に向けて発砲してすぐさま引いた。



一瞬、宇喜多の旗に動揺の揺らめきが見て取れた。


しかし、宇喜多の火縄にもすでに火は点いていた。


今度は宇喜多から猛烈な一斉射撃が発せられた。


反撃の矛先は当然相対していた福島隊であった。


正則の耳元をひゅんひゅん弾丸が抜けていった。


我に返った正則は突き上げた指揮剣の先を宇喜多勢に差し向けて大声を発した。



「鉄砲隊、てー」



戦場に双方から開戦の号砲が鳴り響いた。



・・・・ ここに及んでは是非もなし ・・・・



正則は奈落に向かって突進するのみであった。

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