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その七十九 秀次の叛意

文禄四年(1595年)七月 御所


毎日、日の出と共に騒々しく鳴き始める蝉の大音声(だいおんじょう)も御所の奥までは届かないとみえ、しんとしていた。


謁見(えっけん)の間は外の暑さがうそのようにひんやりした空気に満たされていた。


それだけここが外界から隔絶された別の空間であると訪れる者に告げていた。


(すだれ)の向こう側に人の気配が現れた。


秀次は平伏して御言葉(みことば)が掛かるのを待った。


関白になってよりまだ日の浅い秀次であったが、なかなかどうして堂に入った所作立居振舞(しょさたちいふるまい)いであった。


宮中での評判はすでに先代の太閤を凌いでいた。


「そなたが関白となられてより度々参内(さんだい)してくれるようになり喜ばしく思うておる」


後陽成(ごようぜい)天皇は親しみを込めて関白豊臣秀次に言葉をかけた。


その言葉のとおり前任の太閤は全く参内しようとしない名ばかりの関白であった。


後陽成天皇と秀次は年も近く、諸事芸事に秀でた秀次は後陽成天皇の最も親しい友人となりえていた。


滅多に御所外へ出掛けることなど出来ない後陽成天皇にとっては、秀次から諸国の珍しい話や合戦の裏話などを聞くことは何よりの楽しみであった。


いつに無く神妙な面持ちの秀次が面を上げて話し始めたことは ・・・・ 叔父の太閤秀吉の出生(しゅっしょう)と出世の秘密についての問いであった。


後陽成天皇は目の前の友人の役にたつのなら太閤と自分との血縁を教えてやりたいと思ったが、それが本当に秀次のためになるのかは疑問であり、自分自身それほど多くのことを知る訳では無かった。


太閤と交流の厚かった先代天皇の正親町(おおぎまち)天皇はすでに二年前に崩御(ほうぎょ)されており、その子で後陽成天皇の父親の誠仁(さねひと)親王は天皇に即位することも無く正親町天皇に先んじて身罷(みまか)っていた。


故に後陽成天皇は祖父である正親町天皇の養子となってから天皇に即位したのである。


太閤に新たな男子が授かった事は後陽成天皇も聞き及んでいた。


関白秀次が苦しい立場に置かれている事も察しが付いた。


後陽成天皇は簾の向こうで蒼ざめている友人の力になってやりたいと思った。


「そう言えば」、後陽成天皇が独り言を装って小声で口にした言葉を秀次は聞き漏らさなかった。


「我が父が存命の頃、関白秀吉殿は我が兄であると漏らしたことが御座った」



・・・・ 何と ・・・・



秀次は自身の心臓の鼓動が聞こえるほど仰天した。


想像していた以上の真相に触れて秀次は半ば放心し(いとま)の挨拶もそこそこに御所を後にした。


聚楽第に戻った秀次は書院に篭って一人考えをまとめることに没頭した。


叔父は正親町天皇の御落胤であったのだ。


女官だった大政所が預かり我が子として育てたのだ。


真相を打ち明けてくれた後陽成天皇の方が太閤の甥であり、秀頼とは従兄弟ということになる。


叔父にあるのは育ての親の大政所に対する恩義だけで、その大政所もすでに他界した今となっては自分と叔父を結ぶものは何も無い。


自分と叔父とは一滴の血のつながりも無かったのだ。


織田家の躍進の影に叔父の出生の秘密が大きく関与していたのは間違いではなかった。


桶狭間にあったという謎の朱塗りの輿の正体。


信長公の上洛と叔父の京都所司代への就任。


朝廷の織田家への格別の肩入れ。


本能寺とそれ以降の豊臣家の隆盛。


そも豊臣姓の由来。


五摂家が専任であるはずの関白職への異例中の異例の任官。


そしてあの右手。


亡き大和大納言(やまとだいなごん)はじめ我が一族の類稀(たぐいまれ)なる才覚にも納得がいった。


そして叔父こそが主君殺しの大罪人(たいざいにん)であったのだ。


秀次の胸中に太閤に対する反転攻勢の心が芽生えた。



古来、子が父親を討ったり追放する例は少なからずあった。


保元の乱で源義朝は親兄弟と袂を違えて戦い、甲斐の武田信虎は子の晴信(後の信玄)に駿河に追放された。


秀次が太閤の人に知られてはならぬ出世の秘密を暴き、太閤を隠居に追い込もうと考えたのも無理からぬことであった。

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