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その六十四 ぐれいしあ

「生き様で足跡(そくせき)を残せる人は幸福であります、私には死に様しか残せるものが無いのですから」


(たま)はその父親に似て類稀な才女であった。


珠と対面した伴天連修道士は、これほど明晰な日本女性と話したことは無いとさえ書き残している。


その美しさと相俟(あいま)って会う者全てを虜にする魅力を持っていた。


夫は名高き教養人の(しゅうと)ほどには多芸ではなく、利に敏く粗野な男であったが、並々ならぬ美貌の珠にぞっこん惚れ込んでいた。


しかし珠は夫との間に跡取りまで授かりながらも、夫のことが好きではなかった。


好いた者同士が夫婦(めおと)になれる世ではなかった。


珠と夫の忠興は当時の主君、織田信長の強い勧めで夫婦となった。


そのとき珠は十五、忠興十六であった。


舅の細川幽斎を織田方に取り込むための政略結婚である。


はた目には幸せそうに見えた珠の人生が大きく狂い始めるのは、十八年前、本能寺に於いて珠の父が主君織田信長を打ち滅ぼす事態となってからである。


夫、細川忠興は珠の懇願にもかかわらず明智方に加勢することを拒み、それが決定的な要因となり父は筑前守を相手に山崎の関に散った。


かかる事情を珠は父から何も知らされぬまま、父光秀はこの世から去ってしまった。


珠ほどの才女の父である。


織田家筆頭の武将である。


武功のみならず、歌や茶にも素養を発揮した当代一の教養人の父である。


交友関係は広く公家や朝廷に出入りの歌人らからも、豪商などの町人からも慕われていた文化人の父()である。


何か止むに止まれぬ事情があったに相違ない。


珠はどんなに謀反人の娘呼ばわりされ、苦難の人生を強いられようとも父を恨む事は一度たりとも無かった。


二年にもわたる幽閉が解かれ我が家に帰されても、偏執的な夫は一切の外出を許そうとせず捕われの身であることに何ら変わりは無かった。


毎日毎日一(とき)一時が針の(むしろ)に座らされているようで、地獄で永遠に苦しむ(・・・・・・・・・)とはこういうことかと一人思った。


いつの日にかこの国にも女が自由に外出できて、己が才覚で稼業を持ち、好いた男と結ばれるような世が訪れることがあるのなら、ぜひそんな世に生まれ変わってみたい。


そのときにはきっと高山右近様のような方と結ばれてみたい。



"ぐれいしあ"はそのような生まれ変わりの人生など、天主(でうす)の教えには無いことを思い出し、死に様に己が人生の全てを賭けようとするのであった。

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