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その五十七 三成挙兵

大谷刑部少(ぎょうぶのしょう)吉継は越前敦賀から千の兵を率いて会津征伐に合流する途上にあった。


先行する家康はゆるゆると近江、美濃を抜け尾張清洲で福島正則のもてなしを受けている頃である。


家康からだいぶ遅れて美濃入りした大谷軍は北国街道を南下して関ヶ原(・・・)に差し掛かっていた。


ここで北国街道は中仙道と交差してこれより先、名を伊勢街道と改める。


行軍の隊列が中仙道を左に折れるところで側付きの湯浅五助が、これより中仙道を東進する旨を吉継にそっと伝えた。


小姓の頃から吉継に仕える五助は盲目となった主君を気遣い、行軍の様子を逐一吉継に伝えていた。


吉継の脳裏に見渡す限りのすすきの原が続く関ヶ原の情景がよみがえった。


左手に一番高い伊吹山脈、右手に南宮山、背後に小高い松尾山が見えるはずである。


吉継の目がまだ見えた頃、この関ヶ原を見渡す毎に、いつの日か己が天下を左右する大戦(おおいくさ)を策することがあるなら決戦の場はここしかないと決めていた。


それほどまでにここ関ヶ原は軍略家の吉継には魅力的な地形であった。


中仙道、北国街道、伊勢街道が交差する交通の要所にして、四方を山に囲まれた盆地であり、広大な平野であるにも関わらず田畑は皆無で誰にはばかることなく存分に大戦(おおいくさ)を繰り広げることが出来た。


北からでも南からでも東からでも西からでも、どこからでも敵を引き込むことも出来た。


ここなら如何な大軍勢を向こうに回しても必ずや勝利して見せる自信があった。


たとえ相手が二百五十万石の徳川であろうと ・・・・


大谷軍の一行は昼過ぎに関ヶ原を抜けた先の垂井(たるい)の城に入った。


垂井の城は吉継の家臣の平塚為広が城主を務める小城である。


ここからなら尾張清洲城までは行軍一日分の行程で家康に追いつくことが出来る。


そのときである。


吉継に追いすがるように火急の書状が京よりもたらされたのだった。


三本木の北政所に仕える吉継の母、東殿局(ひがしどの)からであった。



〜〜〜〜 宇喜多中納言秀家様、徳川内大臣家康様に対して決起の御様子。そなたは己の信じる処を全うされるがよろしかろう 〜〜〜〜



暗に吉継も石田治部少の下へ馳せ参じよとの意向が読み取れた。


それは北政所の意を汲んだものでもあろう ・・・・



吉継は悔やんだ。



宇喜多の決起は本多の次男坊がそそのかしたものに違い無い。


宇喜多に入り込む前の政重は吉継の客分であった。


自分の手元に抱え込んでおれば宇喜多が早計に決起に及ぶことなど無かったはずである。


ここで上杉に続いて宇喜多までをも失えば、いよいよ徳川の天下となろう。


すでに越中前田は徳川の軍門に下っている。


吉継はこのときほど己の寿命がいくばくと残されていないことを呪ったことはなかった。


吉継も盟友の三成同様、家康の寿命が尽きるのをじっと息を殺して待つ覚悟でいた。


それまでは徳川に(なび)く日和見を演じながら徳川の手の内を探るつもりであった。



吉継の中で何かが音をたてて変化した。



吉継は行軍の疲れも厭わず、すぐさま手綱取りと僅かばかりの供回を従えて中仙道を引き返し琵琶湖畔の佐和山へ向かった。


吉継が佐和山城に到着したのは日も暮れてからであった。


予想外の友の来訪をこぼれんばかりの笑顔で出迎えた三成ではあった。


予想に反して佐和山の城内に緊張感は無かった。


本丸の素っ気ない造作の書院で向き合うやいなや吉継は三成を問いただした。


「かくなる上は其の方とて覚悟を決めたのであろうな」


「 ・・・・ 」


三成の答えは無言であった。


「これ以上大老を失うということは徳川に天下を明け渡すということぞ」


三成は重い口を開いた。


「 ・・・・ 刑部、某には大公殿下と交わした約束がござる。

内府が如何に専横を強めようとも耐え難きを耐え、忍び難きを忍びて生き残り、内府の死をじっと待つべしと ・・・・ 」


吉継は彼らしくない緊迫した様子で言い返した。


「専横どころではない。ここで上杉、宇喜多を見殺しにいたさば徳川の権勢いよいよ強大となり、もはや誰も逆らえなくなるは必定。

豊臣の執政であることを忘れ、自らが東国に政権を打ち立てること相違ない。

そう、江戸幕府(・・・・)である。

その次に豊臣を待つは悲劇しか御座らぬであろう」


「さりとて遺言を授かりしより二年を待たずして戒めを破るは、亡き太閤殿下に申し訳無き事 ・・・・ 」


三成の声は消え入りそうであった。


治部少(じぶのしょう)、我が面相を見よ。死の淵がすぐそこまで迫っておるのが判るであろう」


そう言って吉継は顔を覆っていた頭巾を取った。


ただれて崩れた吉継の顔面があらわとなった。


目を背ける三成に吉継は尚も決断を迫った。


「よいか治部少(じぶのしょう)、某の命の灯火尽きぬうちに其の方に少しでも有利な状況を残しておいてやりたいのだ」


「 ・・・ しかし ・・・・ 」


吉継はよく動かぬ手で頭巾を付け直すと落ち着きはらった声で諭すように三成に言った。



「聞け治部少(じぶのしょう)、某には内府を必ず打ち破る秘策がある」



吉継の言葉に三成の後ろに控えた島左近が身を乗り出してきた。


「よいか治部少、そなたはこじつけでも何でもよいから朝廷から徳川討伐の勅命を得ることに全力を尽くせ。

朝廷が勅命を出し惜しむようなら大坂城の地下(ぐら)の金銀など全部くれてやっても構わぬ。

その上で秀頼様を総大将に徳川討伐軍を仕立てることが叶えば、日和見の大名小名達とて先を争って大坂城に馳せ参じ、城内に入りきらぬ兵馬で摂津界隈はごった返すであろう。

戦わずして其の方の勝ちである」


吉継の言葉に三成の心に変化が現れた。


「某には朝廷より徳川討伐の勅命を頂戴する伝手が有り申す」


「 ・・・・ 」


「太閤殿下は某に豊臣家に関する秘密を御遺言くだされた」


「それがどう役立つ ・・・・ 」


今度は吉継が身を乗り出した。


「刑部、さすがの其の方とて心して聞かねば腰を抜かすぞ」


「勿体をつけるな」


三成は大きく息を吸い込んで言葉を発した。


後陽成(ごようぜい)天皇と秀頼様が共に正親町(おうぎまち)天皇を祖父とする従兄弟同士であるとしたなら ・・・・ 」


「 ・・・・ まっことか ・・・・ 」


大谷吉継は言葉を失った。


「あいや、それでは太閤殿下は ・・・・ 」


「如何にも、誠仁(さねひと)親王の兄で在らせられた。

しかも正親町(おうぎまち)天皇と妹皇女との間に産み落とされた、特別濃ゆい天皇家のお血筋でも在らせられた」


「 ・・・・ 何と、 ・・・・ いや、さもあろう。

でなければあそこまでの御出世など有り得ぬ。

しかし、しかし何故今まで公にされて来なかったのだ。

それが本当なら如何に内府とて豊臣家に手出しすることなど絶対不可能」


「秀頼様の母方の祖父が問題である ・・・・ 」


小谷(おだり)の浅井長政ではないか ・・・・ ! ・・・ おい、まさか ・・・・ 」


大谷吉継は三成の言葉を待たず真相に達した。


「 ・・・・・・ 」


「察したか刑部」


吉継は見えぬ目で天を仰いだ。


「本能寺か ・・・・ 」


三成は今更ながら吉継の明晰さに感心した。


「御血筋を明かせぬ訳が解ったであろう。今更太閤殿下を主君殺しの謀反人には出来ぬということだ」


「 ・・・・ 」


二人の間に長い沈黙が流れた。


天皇家と織田家という、かつて利用し合い、ついに敵対した双方から濃い血脈を受け継いだ秀頼 ・・・・


その奇跡の血統は何としてでも秘したまま守らねばならなぬ。


それこそが三成が太閤より授かりし遺言であった。


長い沈黙を破ったのは三成の方であった。


「これまでの豊臣と朝廷との良好な関係をもってすれば徳川討伐の勅命を得るはさほど難しいことでは無いかもしれぬ。

しかしいざまだ幼き秀頼様を総大将に担ぎ出すとなれば、淀の方と守役の片桐且元の説得という骨の折れる仕事もこなさなねばならぬ。

短期間にすべて事がうまく運ぶという確証は御座らぬ。

刑部、その勅命と秀頼様総大将の二つが揃わねば我等に勝機は有り得ぬのか」


三成の苦渋に満ちた表情はほとんど視力を失った吉継にも手に取るように判った。


三成には表情の読み取れぬ頭巾の向こうで吉継がにやりとしたように見えた。



「某に秘策があると申したであろう ・・・・ 」



三成には吉継が何を企んでいるのかさっぱり判らなかった。


「上杉と宇喜多の決起に触発されて其の方までも挙兵に及べば内府はどう動く」


「待ってましたとばかりに引き返して来るであろう」


「背後に上杉と伊達(・・)を残したままでか」


「伊達? ・・・・ 」


「如何にも。そなたも正宗の隠しようも無い野心は心得ておろう。

徳川の権勢に僅かでも綻びが見えれば伊達政宗は最上や上杉と組んででも北から徳川を討ちに動く。

徳川は大坂方との決戦で消耗することは許されぬのだ。

そこで自軍はできるだけ使わず温存させ、我ら豊臣大名同士での同士討ちを策謀してくるはずである。

しからばこちらもそこを利用させていただくまで」


三成は目の前の目も満足に見えぬはずの男の知恵に唖然とした。


「徳川本体を出し惜しみしたい内府が必ず食いつく餌が御座る」 


「あの老獪な内府を欺けるのか」


「我が婿殿に一働きしていただく」


「 ・・・・ 真田か!」


「左様、内府は必ず食いついて来よう」


「して徳川本体が大きく欠けるとはいえ、某への恨みに凝り固まった者達とどうやって戦う」


「待ち伏せいたす、その地はこの佐和山からも目と鼻の先である」


「刑部、それは何処(いずこ)なのだ」


「ふふふ、決戦場は関ヶ原(・・・)と決めてある」



後に大谷吉継が大坂方に寝返ったと知らされたときの家康の動揺は計り知れないものであった。

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