その五十 奇跡の血統
太閤から三成への長い長い遺言も終わりの頃へと差し掛かっていた。
「お市様はわしの素性を御屋形様から寝物語で聞かされておったのであろう。
御屋形様の目指す天下布武とわしの出自との矛盾に、お市様は凶兆を見て取ったのかもしれん。
生前、お市様はわしに心を許されたことはとうとう一度も無かった。
浅井の嫡男を、わしが酷い遣り様で殺めたことも恨んでおったであろう。
お茶々は御屋形様とお市様の間に出来た子である、故に誰よりも織田の血を強く引いておるのだ」
太閤の言葉に三成は、お茶々が三姉妹の中でも飛び抜けてお市様の面影を強く受継いでいることにも頷けた。
同郷の近江の姫と憧れていたお茶々が実は、織田の中の織田の姫であったとは。
そして、・・・・
「殿下、それでは秀頼様は正親町天皇と妹皇女とのお子である殿下と、信長公とお市様兄妹のお子である淀の方を父母に持つ、
天皇家と織田家の、余りにも純粋な結び目ではございませぬか」
三成は自分の口から飛び出た言葉に自分で驚愕していた。
「左様、神の末裔とされる天子様の御血筋と、神をも恐れず自ら神となることを欲した織田の血筋がこれほど濃く結びつくとは何と云う皮肉」
「 ・・・・ 」、三成は黙して頷いた。
「いや、わしはこれを奇跡だと思うておるのだ」
太閤の目尻からは涙が雫り落ち枕を濡らしていた。
「本能寺で敵対する朝廷に志半ばで討たれた御屋形様の絆が、禁裏の奥深くから染み出たわしと結びついて、だれも予想だにしない血統を生みだしたのだ」
太閤の言葉に三成は息を呑んだ。
「これを奇跡と呼ばずして、何を奇跡と云えようか!」