その二十九 天下布武
天正十年(1682年)四月 安土城
毛利征伐の支度で慌しい秀吉の屋敷に安土城の信長からすぐ参れとの使者が遣わされた。
「こういうときは一刻を争う ・・・・ 」
秀吉は取る物も取り合えず薄汚れた格好のままあたふたと参上した。
信長は天主の最上階で待っていた。
密談の間である。
いつにも増して恐ろしい顔をした信長は、格子窓から真っ黒にしか見えない琵琶湖を見下ろして待っていた。
「はあ、はあ、秀吉、はあ、只今、はあ、参上いたし、はあ、はあ ・・・・ 」
安土山の中腹にある羽柴屋敷から山頂の天主閣最上階まで駆け上がった秀吉は息も切れ切れに這いつくばった。
秀吉のこういうかわいらしさを信長は好んだ。
・・・・ 上様が見ておられたのは琵琶湖ではなくその向こう ・・・・
信長は秀吉の方に向き直るやおもむろに言い放った。
「筑前、毛利と四国を平定したところで、天下布武の仕上げを致す」
信長は近江攻略の頃より事あるごとに口にしてきた"天下布武"の具体的な内容を、織田家二番手の秀吉にだけ明かした。
「よく聞け筑前、手筈はこうだ」
信長は辺りに誰もいないにもかかわらず声を潜めた。
「其の方は得意の城攻めで備中高松城を攻めろ。
そして堪えきれず落城が間近となるを見極め、予を援軍として呼べ。
それを受けて先ず光秀を援軍に遣わす。
予も乗り込むと見せて堺まで出張る。
高松城が落ちれば、毛利は和議に応じざるを得まい。
無傷で落とした高松城は宿無しとなる光秀にくれてやる。
天下布武の足手纏いにしかならぬ光秀は、毛利の押さえとして残す。
大好きな義昭と夢でも見ておればよい」
ここまで聞いて秀吉は、信長の企てに不吉なものを感じた。
「其の方は、摂津まで戻り、四国から戻る信孝と長秀の軍と合流せよ。
そして予と共に堺で待つ信忠を総大将に担ぐ四万の全軍を其の方に預ける。
その四万を以って電光石火で京を封鎖、戒厳令を敷くのだ」
秀吉は信長の企ての全貌を察して、体ががたがたと震えだした。
「御屋形様は、ま、まさか御所を叡山えいざんの如くに ・・・・ 」
信長は無言で頷いた。
御所に暮らす天子様は秀吉の実の父親である。
御屋形様もずっと以前よりご承知のはず ・・・・
しかし信長は、秀吉が己に異を唱えるなど端から考えてもいない様子だった。
「筑前。其の方の親は誰か」
秀吉は涙でくしゃくしゃになった顔で答えた。
「我が親は、 この世に、 御屋形様ただお一人にございます」
秀吉の脳裏に、やはり涙で何も見えなかったはずの桶狭間山の情景が甦った。
今川義元を騙まし討ちにしたとき、命がけで藤吉郎を助けに来た信長の、その背中にしがみついて敵陣を疾駆遁走したあのとき。
嗚呼、あの時、覚悟を決めていたのであった。
この魔王のような男と共に地獄に落ちようと ・・・・