その二十四 朱塗りの輿
「それはまことのことか」
義元は織田との連絡役を任せていた尾張国内の家臣、岡部元信の言葉に耳を疑った。
「信長が天子様の御落胤を庇護しておったとな」
聞けば御落胤は、訳有りの御出生ゆえ、我が今川の領内で御幼少をお過ごしになったという。
いったい何のために今まで落ちぶれ公家どもを庇護してきたというのだ。
信長如きに横取りされるまで気がつかなっかたとは。
義元は何としても、その天子様の御落胤が欲しかった。
「織田の要求は何か!」
あのうつけのことである、休戦どころか三河一国ぐらいよこせと平気で言ってくるやも知れぬ。
元信は平伏したまま義元に言った。
「上様に申し上げます。織田上総介様の御要求は、尾張国境の安堵と此度の今川義元様御上洛への従軍にございますると。
御落胤は御上洛の手土産に、輿を仕立てて明日にもこの沓掛城にお連れするとのことにございます」
「何?、上洛だと ・・・・ 」
義元は唖然とした。
「あのうつけは、わしが上洛のためにわざわざ大軍を仕立てて、ここまでやって来たと思うておるというのか ・・・・ 」
だがしかし、義元は行軍の目的を上洛に切り変えることに吝かではなかった。
天子様への大きな土産が手に入ったからである。
在位三年目の正親町天皇はすでに齢四十三で在るにもかかわらず、お子の誠仁皇子はまだ親王にすらなっていない八歳である。
ここで成人した御落胤をお連れすれば、親王、そして次の天子様という目も充分に在りうる。
後見人として上洛すれば、天下の征夷大将軍にも任ぜられよう。
義元は己が鎌倉、室町に続く新たな武家の頭領となりうる、千載一遇の機会を手にしたと思った。
ここは急がなければならぬ。
ここまで出張って来ておいて、また駿河から出直すのは、あまりに面倒である。
これで尾張を安心して抜けることができるということは、このまま大軍を恃のんで上洛してしまうのが得策である。
織田のせがれめ、今川の上洛軍に領内を蹂躙されると思い、恭順の意を示したほうが得策と考えたのか。
あのうつけも少しは物の道理をわきまえる様になったようだ。
尾張の北の美濃は、うつけの嫁の実家ゆえ信長を先陣に立てれば労せず抜けることも出来よう。
その先の近江浅井は足利将軍の頃からの馴染みである。
如何様にも丸め込めよう。
何しろこちらは" 親王 "様を御輿に担ぐのだからな。
由緒正しい守護大名ならば誰も手出しできまい。
近江まで進めば都はもう目と鼻の先である。
義元はうって変って穏やかな口調で元信に言った。
「織田殿に申し伝えよ。
御落胤を沓掛城でお待ちいたすとな。
さすれば上洛への従軍を許し、尾張も安堵いたそう。
我軍が到着するまで清洲から一歩も出ずおとなしく待っておられよとな。
元信、清洲は其の方がよく見張っておれ」
御落胤が義元の野心に火をつけた。