その十八 当て馬
「鶴松はの、 ・・・・ 正真正銘わしの子であった」
秀吉はじっと黙って聞く三成に語り始めた。
「二年しか生きなかったが、間違いなくわしの子であった。
それ故の夭逝なのじゃ。
お茶々もわしの子と思うておった、仇のわしのな。
鶴松が生まれてからのお茶々は、わしに優しゅーになった。
仇とは思わんでくれるようになった。
お互いただの親と親じゃ。
わしはもう五十五じゃ。
御屋形様よりだいぶ長く生きてしもうた。
鶴松が死んで一度はきっぱりと諦めた。
秀次を関白にもした。
だがな佐吉よ、 ・・・・ やはりまだ諦め切れんのじゃ。
もう一度、もう一度お茶々にわしの子を産んでもらいたいのじゃ」
「勿論にございます」
「佐吉よ、わしの初めての子がお茶々にしてようやく授かったのはなぜだと思う。
それはな、お茶々が初めて浮気をしてくれた女房だったからではないかと思うておるのじゃ」
「 ・・・・ 」、三成は黙して同意した。
「だからの、次も、今まで通りじゃ、よいか、佐吉よ」
「 ・・・・ 仰せの通りにいたしまする」
太閤は満悦して急に大きな声で命じた。
「大野治長に馬廻り役三〇〇〇石を与えよ」
「は、はー御意に」、と他に誰もいないにもかかわらず三成が大げさに受けた。
三成に余計な説明は一切不要であった。
これまでも、そしてこれからも。
部屋を立ち去りかけた三成は太閤にくるりと振り返ってにやり、と笑った。
「当て馬に馬廻り役とは太閤殿下もまだまだご健勝ですな」
はははははははははははと笑いながら三成は秀吉を残して天守をあとにした。