その十六 間諜直江兼継
「上様、喰えぬやつがお好みなら三成や某より、もっと喰えぬ奴が一人おりまする」
家康には三成や正信に比するような喰わせ物には、心当たりがなかった。
「景勝か、 ・・・・ 」
正信は一頻り笑いを堪えて答えた。
「景勝様は苦労人ではありまするが生まれついての殿様。
上様と同じで人が良すぎまする。
申し上げたきは、その景勝様の陪臣の直江兼続めにございます。
すでに某とは密かに昵懇の仲にございます」
家康には以外な人物であった。
「兼続とな、奴は太閤のお気に入りであったはず。
高禄での召抱えも断った剛の者と思うておったが、
出自が怪しいのと、上杉家中での出世の早さは太閤のそれと似ておる。
領地や領国に対する欲より権勢に対する欲にこだわるところは、確かに其の方と三成めによく似ておる。
はてさて ・・・・ 怪物じゃな ・・・・ 」
「御意に。太閤殿下が兼継を欲したは彼の者の謀略、調略の技と交渉事の上手さにあったものと推察いたしまする。
表の政を任せる奉行には三成という天武の才をすでに得ておりましたが、政は表ばかりではござりませぬ。
太閤殿下は隠居してしまわれた黒田如水殿の代わりに、裏を仕切れる者がほしかったのでありましょう。
それまで見込んでいた大谷刑部は、あの通り人前には出られませぬゆえ。
何事も正論と理屈でしか考えられぬ三成だけでは、太閤殿下も些か心許なかったのでありましょう。
実は兼継は三成ともすでに大いに気脈を通じておりまする」
ここまで聞くに及んで家康も、正信の企てる謀略の全貌を悟った。
正信は彼らしからぬ満面の笑みを浮かべながら家康に言った。
「此度はその兼続めに八面六臂の活躍をして貰わねば天下は徳川に転がり込んではまいりませぬ」