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その百五十三 最期

三成は自分自身が勇猛果敢な戦国武将であるなどとは一度たりとも思ったことは無かった。


もちろんこの時代を生きる武人として常にかくありたいとは願っていた。


しかし人には分相応というものがある。


それゆえ三成は戦国一の指揮官の誉れ高い島左近を召抱え、当代一の軍略家の大谷吉継と友情という固い絆を結んできたのである。


自分に欠けるものは他の者に補ってもらおうと ・・・・


しかし三成は関ヶ原で左近も吉継も失ってしまった。


今三成は、自分自身のどこにかくの如き闘争本能が宿っていたのか不思議でならなかった。


三成は悟っていた。


自分は臆病な人間であると ・・・・


信長公のような孤高の気高さも、太閤のようなに人から愛される愛嬌も、家康のような遠大な思慮深さも、刑部のような知勇も持ち合わせてはいなかった。


それでも今の三成はひどく自分に満足していた。


関ヶ原より十七日間、たった一人で誰もが恐れをなす家康と徳川二百五十万石を相手に死闘を演じてきたのだ。


精魂尽き果てたが思い残すことは何も無かった。


今は、世に戦乱を巻き起こした罪を一身に背負(しょ)い込み、諸悪の大元として処刑されるという最後の役割を果たすだけである。


自分が背負う罪が重ければ重いほど、それは今後の豊臣家の安泰に繋がる ・・・・ そう信じて。



いよいよ六条河原のまっさらな(むしろ)の上に引き出されて膝を突かされた三成は、左右の隣人達を覗い見た。


左手の小西行長はすでに死人の顔色であった。


口の中でぶつぶつと彼の神への祈りを念じていた。


この善良な切支丹大名を破滅に巻き込んでしまったことを、三成は心底すまないと思った。


右手の安国寺叡慶はさすが仏門の徒らしく達観の境地にあると見え、三成と目が合うと優しく微笑んだ。


・・・・ 毛利一門が済まぬことで御座った ・・・・ 何も恐れることは御座らぬ、遅かれ早かれみな行く道である ・・・・


目がそう語っていた。


背後に処刑人が並び立つ気配を感じた三成は、最後にまっすぐに前を見据えた。


正面の小高く組んだ(やぐら)の上には処刑の見届け役として表情を殺した奥平信昌があった。


かつて三成もそこから幾多の処刑を見届けて来た場所である。


この期に及んで三成の鼓動はこれ以上耐えられないほどに高鳴った。



・・・・ 嗚呼、あのとき駒姫はなぜあの幼さであのように落ち着いていられたのであろうか ・・・・



三成の脳裏に五年前、同じように河原の露と消えた最上の駒姫の処刑の光景が蘇った。



そのときである。



視線を少し落とした三成の両眼に信じられぬ姿が飛び込んできた。



・・・・ おねね様(おかかさま)! ・・・・



そこには三成が佐吉少年の頃に見慣れた、若く美しいおねね(・・・)があった。



・・・・ 夢 幻(ゆめまぼろし) か ・・・・



三成が若き日のおねねと見紛(みまご)うたのは、古橋村の与次郎が妻、おいね(・・・)であった。


北政所が、自分が若い頃に着た物をおいねに着せて三成の最期を見届けさせようと寄越したのであろう。


その姿を三成が見咎めやすい正面に据えたのは、信昌のさりげない友情であったのだろう。


殺伐とした刑場に咲く一輪の百合の花 ・・・・ そんな形容がぴったりであった。


はちきれんばかりだった三成の鼓動がぴたりと静まった。


刑吏の掛け声で三人が(こうべ)を垂れた。


三つの首珠(くびたま)が同時に転げた。

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