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その百五十一 奥平貞能の陰謀

「そもそも奥平は鎌倉の頃よりの上州の小豪族にございました。

上杉宗家に追われ新天地を求めて東三河の山奥に平和な土地を見つけて住み着いたそうにございます。

ところが平和と思っていたその土地は、支配者がころころと入れ替わる厄介な土地でございました。

はじめは今川家に臣従し、桶狭間の後は松平に、三方ヶ原の頃には武田にと、めまぐるしく仕える主君を変えながらどうにか生き延びておりました。

そんなちっぽけな奥平が大きく躍進したのは天正三年の頃に御座います。

我が父、貞能(さだよし)は奥平が生き延びるためのとてつもない謀略を考え出し、当時武田の脅威に怯える尾張の織田信長様に持ちかけたので御座います」


「信長公に、 ・・・・ 」


「当時は信玄公がすでにお亡くなりになっていることは周辺国にも知られておりました。

しかし、強力な家臣団に支えられた武田の強さに些かも陰りはなく、織田様にとっても徳川にとりましても、武田は目の上のたんこぶに御座いました。

そんなおり、我が父は武田を織田様に売り渡したのでございます ・・・・ 」


「しかし、奥平一つが抜けたとて武田にとって何ほどでも無かったはず」


「先ほど申しました通り、武田の強さは強力な家臣団と、周辺の国人領主らが固く結束していたればこそ ・・・・ 

その状況下で中堅どころの奥平が、ほいほいと徳川に鞍替えするのを許すようなこととならば、他の国人領主達に示しがつかなくなりまする。

勝頼様は好むと好まざるとに関わらず、奥平を討たねばならなくなりました。

かくして人質として差し出していた我が妻や弟たちは勝頼様の逆鱗に触れ、哀れ見せしめのため串刺しの刑に処せられ、惨たらしく果てたそうに御座います。

その後、勝頼様は奥平討伐隊一万八千の軍勢を率いて、某が預かる長篠城を取り囲む仕儀となったのでございます」


「信昌殿御自身が囮となられたのか」


「それも我が父の策略でございます。

若年の某如きが篭もっていると知れば、勝頼様も先ずは裏切り者の父を捨てて武田へ帰参せよと説得してくるであろうと。

そして攻めるにしても高をくくって来ようと。

果たして家康様はその献策を受けて、まだ若年の某を長篠城の城代に抜擢したのでございます。

実を申せば長篠城は三方を川に囲まれた天然の要害で、如何なる大軍勢をもってしてもそう易々と落とせる城ではございません」


「その隙に、織田と徳川は武田を誘い込むための野戦陣地を密かに構築していた ・・・・ 」


「 ! 、如何にも、石田殿は昔の合戦にお詳しいのか?」


三成は苦笑して答えた。


「あいや、そういうことに詳しかった友の受け売りで御座る。今はもうおらぬがな」


「元々が他国の大軍勢と戦う為に出張ってきたわけではない武田の討伐軍は、準備万端で待ち伏せた織田、徳川連合軍三万五千の敵ではございませなんだ。

結果は御承知の通り武田の惨敗でございました。

徳川の追撃は苛烈を極め、勝頼様を逃がす為に武田の家臣達は次々と楯となり、主だった重臣はことごとく討ち死にしてしまいました。

主君の魅力が色褪せ、家臣団が大きく欠けた武田の崩壊は早うございました。

その後の織田、徳川方からの切り崩し工作によって、もはや戦わずして勝頼様は国人領主達に殺され武田は滅びました。

これすべて我が父、奥平貞能の描いた筋書きに御座います。 

己の次男や長男の嫁までを犠牲にして武田の滅亡に貢献した我が父に対して、織田様は深い感動と大変な感謝をの気持ちを示して下さいました。

長篠の後、父は家督を某に譲り早々に隠居してしまわれました。

余りの罪深さに武人として生きることをはばかられたのでありましょう。

父の代わりにすべての軍功は某が頂戴することとなりました。

信長様からは"信"の一字を頂戴いたし、それまでの貞昌を改め信昌となりました。  

後にも先にも例の無いことであったそうにございます。

家康様からは武田に殺された妻の代わりにと、家康様の長女の亀姫を賜わりました。

わが子らは皆、家康様の外孫ということになり申す。

我が家臣達も知り得た秘密を口外せぬ代わりに徳川の譜代同様のお墨付きを頂戴いたしました。

これらもかつて前例の無いことにございまする。

織田と徳川がいかに武田を恐れ邪魔にしていたかの証左でございましょう。

奥平は徳川の最大の功労者にして、また抜き差しならぬ外戚として徳川家臣団の中で特異な地位を占めるに至ったのでございます」


「 ・・・・ 」


三成はしばし言葉を失った。


武田の滅亡が奥平の陰謀であったとは ・・・・


「ですから、人に誇れる話ではないと ・・・・ 」


「今、その陰謀の全貌を知る者は?」


「信長公も父も叔父も身罷った今、某と"家康様"だけに御座りましょう」


「ふーーーーーーー」


と、三成は大きく息を吐くと、心の中で先に逝った友に語り掛けた。



・・・・ 刑部よ、相手が悪すぎたようだ ・・・・

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