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その百三十八 三人の客

秀秋が大坂へ立った翌日、おねねの屋敷の周りを物々しく三種の旗印が取り囲んだ。


黒地に縦の白い波線が入った福島正則と、白地の上半分に黒い横三本戦の浅野幸長、それに黒地の中央を白抜きにした黒田長政の旗印であった。


周囲の隣人達は本能寺の再現ではと慌てふためいた。


屋敷の玄関先に三人が並び立った。


「御免!」


おねねの義理の甥の幸長(よしなが)が奥に声を掛けた。


外の騒がしさから屋敷内でも客が来たことぐらい判りそうなものだが出迎えはなかった。


北政所(おかか)様」


今度は正則が大声でおねねを呼んだ。


ようやく次女が出てきて板の間の暗がりに手を付いた。


「北政所様は中庭の方でお待ちでございます ・・・・ 」


そういって顔を上げた次女を見た三人は息を呑んだ。


「これは、いったい、おかかさまが若返った」


「昔の叔母上だ!」


「 ・・・・ 」


そのとき三人の背後でおねねの声がした。


「むかしむかしで悪うござったな、いまはほれ、この通りの肥えたばあさんじゃ」


三人は玄関先の次女と後ろのおねねを代わる代わるに見比べた。


「ほれ、説明は向こうにいってからじゃ。茶を用意してある」


おねねは三人の武将を従えて玄関の外から中庭に回った。


中庭にはいくつか縁台がしつらえてあり三人は並んでその縁台の客となった。


「内密の話は野点で語るのが一番安心じゃ、屋根裏も床下も御座らぬからな」


おねねは日傘のある広めの縁台に上がり茶を立てておいねに配らせた。


おいねは茶を差し出しながら穴の開くほど見つめる正則に聞いた。


「そんなにおねね様のお若い頃に似ておりましたか?」


正則にはなぜか大名という気兼ねが感じられなかった。


「おお、そっくりじゃ。惚れてしもうた、嫁に来てくれ」


正則がいきなり求婚すると。


「おぬしにはもうおっかない嫁がおろう」


長政がたしなめた。


おねねが、「残念でござったな、もう奥方であるそうじゃ」


「何と、何処の家中の者だ。決闘だ、そ奴と決闘してでも嫁に貰い受けるぞ!」


「これこれ正則、いい加減にしいや。おいねが真に受けて怯えてしまうではないか」


「某は至って本気である ・・・・ 」


正則が余りに上手におどけたので皆笑い出した。


「ふっふふ」


「はははははは」


「がははははは」


「ほっほほほほ」


久しぶりにこの家に笑い声が響いた。



「さて、殿様が三人も首を揃えて今日は何用かな」、正則におねねが尋ねると。


「わしらはこれより大坂城の受け取りに行かねばならぬのだが、内府殿が寄り道をして北政所様のご機嫌伺いに立ち寄れと勧めて下さったので、こうやってまかり越した次第に御座る」


「家康殿が ・・・・ 」


「かなりしつこく勧められ申した」、と幸長が続けた。


「会津に行くときには誰も立ち寄らなかったくせにな ・・・・ 」、おねねは不満げであった。


「そなたたちはわたくしの意向も聞かずに徳川殿に付き従ったのであろう」


「あの時点では北政所様を政争に巻き込むべきでは無いと判断したからに御座います」


長政が堅苦しく言い訳した。


「家康殿は何故そなたたちをここへ寄越したと思う」


正則と幸長は顔を見合わせた。


「我らが豊臣に繋がる者であるからに御座いましょう」


「大津城で行われた三成の詮議にも途中から我ら両名だけが同席を請われ申した」


「詮議の場では何が話し合われておった」


「我らは最後のほうにちょこっと顔を出しただけで御座ったのでなんとも、ただ内府が三成に対して輝元殿を売れば助命して大名にも取り立てると ・・・・ 」


「ふざけた話じゃ」


「如何にも。はじめから三成が受けるはずも無い条件を突きつけたとしか思えませぬ」


「しかし助命を申し出た事実は事実。

そなたたちからわたしの耳にも入るであろうとの狙いであろう。

小ばかにされた三成は余りに哀れ。

正則、そなたは今でも三成が憎いか?」


「 ・・・・ 」


「昔は、そなたも清正もあんなに佐吉と仲が良かったではないか」


「 ・・・・ 、三成は一つだけ内府に認めさせたことが御座いました。

秀頼様は正真正銘太閤殿下の御嫡流であると。

内府の方は腹の底からは信じておらぬ様子でしたが」


「さすがは佐吉、蜂の一刺しよのう。

家康殿の嘘を覆しよったか ・・・・ 

家康殿もおいそれと秀頼を粗末に出来なくなったであろう。

しかしそれはな、危ない賭けでもあるのじゃぞ。

いや、秀頼の血筋を疑うてゆっておるのではない。

ただ、今となってはむしろ曖昧のまますておいた方が良かったやも知れぬ。

後々災いを呼び込むこととならずば良いのだが ・・・・ 」


「秀頼様が殿下のお子では都合が悪いことでも ・・・・ 」、正則が怪訝な顔で聞いた。


おねねは黒田官兵衛の長男の長政が気になった。


「黒田殿はどう思われる」


「某は治部少殿とは大津の門前で一言二言交わしただけでありますれば、詮議の様子は正則殿から聞き及んだだけで御座います。

しかし、内府はどのような条件ででも治部少を生かしておくはずは無かろうと思いまする。

佐和山の惨たらしい一件とも合わせ見て、関ヶ原の全ての責任を三成に押し付け徳川に逆らったものがどのような末路を辿るのか、見せしめにいたすつもりでありましょう」


「さすがは官兵衛殿の御子息であられる」


・・・・ 父親からは何も聞いておらぬか ・・・・


「かつて家康殿の御人徳に心酔し、豊臣政権内の権勢を内府殿に集中させようと協力してきたそなた達もやっと目が覚めたであろう。

徳川は天下を欲しておる。

今わたくしが北条政子よろしく豊臣の敵、徳川を討てと命じたらそなたらは如何いたす」


「討ちまする」


「是非に」


「 ・・・・ 」


「宇喜多、小西、大谷、三成ら同門同士で死闘を演じたそなたらに、もはやもう一勝負する余力は残されてはおるまい」


「それこそが内府の狙いであったと ・・・・ 」、正則が答えた。


「左様。

しかし、関ヶ原の前にそなたらに大谷や三成に味方して徳川を討てと命じたとしてもどうじゃ ・・・・ 」


「 ・・・・ 」


「 ・・・・ 」


「思いとどまられるよう、お引止め申したでしょう ・・・・ 」


「覆水盆に返らず ・・・・ 今は今なりの策を考えてゆかねばなるまい」


おねねは自分自身も子飼いの武将達の手綱を緩めすぎたことを悔いていた。

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