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その百三十四 宗虎の告白

「先程、島津殿が申された大津城が大坂方を分断する役割を果たしたという(くだり)で御座るが、某はまさにその毒饅頭を喰らわされた身で御座る」


宗虎は些か躊躇しながら語り始めた。


「恥を忍んでお話いたそう。

実は某も伊井直政からの調略を受けており申した。

それは、立花の軍勢が大谷刑部少(ぎょうぶのしょう)の作戦どおり、伊勢経由で大垣城を目指していたときのことで御座る。

近江から伊勢方面へと西進する我が軍に、伊井直政の手の者が接触して来たので御座います。

徳川の多数派工作など端から受け付けぬと跳ね返し、その場で使者をたたっ切ろうとしたところ ・・・・ 」


「あからさまに味方せずともよかと申して来たのでごわそう ・・・・ 」


「 ・・・・ 如何にも。

立花の軍勢はあくまで西軍の一員として徳川の用意する囮の砦(・・・)に張り付いておれば良いと ・・・・ 

それで立花の面目も行く末も両立するではないかと ・・・・ 」


「 ・・・・ 似たような話でごわすな」


「太閤殿下の御恩を忘れて徳川に付くぐらいなら戦って死んだほうがましであるとさえ言い残して柳川を出立して来た身で御座る。

しかし国許に残した家臣や一族郎党のことを(おもんばか)れば、世間知らずの馬鹿殿の面目を立ててばかりもおられませぬ」


「 ・・・・ 大人として振舞わねば大名家と云えども立ち行かぬ。誰にも責められぬことよ」


「伊井は某の心に隙に実に巧妙に付け入って来申した。 

『立花は西軍から寝返った京極高次が篭る大津城を攻める振りをして近江に留まられよ』、と ・・・・ 」 


「 ・・・・ 」


その勇猛さで音に聞こえた二人の大名は互いにしばし無言となった。


先に言葉を発したのは宗虎であった。


「 ・・・・ もしあの時、伊井の調略を撥ね付けて、伊勢の小城など踏み潰しながら大垣城に馳せ参じておったなら、

我が無敵の鉄砲隊が関ヶ原にその途切れることのない轟音を響かせていたなら、天下分け目の趨勢が果たしてどう変わっていたのか、

今更ながら思いを馳せずにはいられぬので御座います。

島津殿は最後まで関ヶ原に踏み止まり、すべてを目の当たりとされたので御座ろう ・・・・ 」


「関ヶ原には密かに野戦陣地が築かれておりもうした。

大谷と治部は、端から関ヶ原を決戦の場と決めていた節が御座りもした。

小早川と大谷以外の西軍がまだ大垣城にあったとき、対峙していた東軍に内府の旗印と僅かばかり(・・・・・)の徳川の陣旗が立ちもうした。

わしは徳川の全軍が揃う前に敵の野営地に夜襲を仕掛けて先手を打つべしと進言しもうした。

大垣城の大将(・・)の宇喜多中納言もわしの策に賛同しはった。

しかし参謀格(・・・)の治部めが強行に反対しおった。

・・・・ 段取りを済ませた必勝の策に差し障りが生じるなどとぬかしてな」


必勝の策(・・・・)とは ・・・・ 」


「わしらには詳しく話さなんだ。

どこからか秘密が漏れると困ると思っておったのでごわそう。

島津んことも宇喜多んことも心底信頼してはおらぬ様子でごわした。

そげん奴に島津の行く末を預けるわけにはいきもさん。

わしはそこで西軍に見切りをつけもうした ・・・・ 」


「 ・・・・ 」


「関ヶ原に大谷が築き上げた野戦陣地は、かなり大掛かりなものでごわした。

騎馬では乗り越えられぬような土塁が積まれ、笹尾山の山上には前もって五門もの大筒が担ぎ上げられておりもした。

数日程度で段取れるものでは到底御座いもさん。

ましてや大垣城から急遽関ヶ原へ展開したものでも御座りもさん。

そして小早川は旗色不鮮明なまま、初めから(・・・・)松尾山を占拠しておりもうした」


「なんとも不自然な布陣で御座るな ・・・・ 」


「雨中、深夜の移動で急遽大垣から関ヶ原に出張らされたのでどのような布陣となっているのか夜が明け、霧が晴れ渡るまでさっぱり見えもさんだ。

あの城砦とも呼べる堅固な野戦陣地に立花の鉄砲隊が加わっておったなら、合戦の趨勢に決定的な影響を与えていたことでごわそう。

戦局もあれほどの膠着状態とはなりもさず、小早川とて迷いに迷った挙句に徳川に寝返ったりしなかったのかもしれんこってごわす。

しかしでごわんど、徳川は立花の戦力を警戒したればこそ調略の手を伸ばしてきたのでごわそう。

内偵に長けた徳川は伊賀、甲賀衆をば取り込んで京、摂津、近江、美濃界隈の状況を事細かに掴んでいた様子。

宗虎殿が徳川に靡かないとなれば、また違った策を講じてきたことで御座ろうし、内府がのこのこ罠に嵌まり込んで来たかどうかも怪しいところでごわす ・・・・ 」


義弘の話を聞いた宗虎は、いくらか心の重荷が軽くなったような気がした。

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