その百二十六 長篠
「某がまだ五つか六つの頃にございます。
主家を武田から徳川に鞍替えした奥平を討つべく、武田の若き頭領の勝頼様が長篠城を攻めた戦がございました」
「うむ、長篠の戦いの発端でござるな ・・・・ 」
「如何にも。奥平は寡兵にも関わらずよく持ち堪えたそうにございまする」
「その隙に織田、徳川連合軍は野戦と見せ掛けて堅固な陣地を構築していた ・・・・ 」
「 ・・・・ 石田殿は昔の合戦にもお詳しいので」
「ふふ、受け売りでござる。古今の合戦に詳しい友がおったのでな」
大谷吉継の最後を思う三成の顔に影が差した。
「それまでの戦勝に酔った勝頼様は慎重な重臣達の説得を振り切って織田方の仕掛けた後手必勝の待ち受け戦の中に飛び込んで行かれました」
「武田のような戦闘力に長けた軍勢ほど深く嵌る恐ろしい罠でござるな」
「如何にも。石田殿にはこのあたりの説明は要らぬようでございますな、この部分は飛ばして本題をお話し致しまする。
武田の重臣の中に馬場美濃守信春という男がおりました。
敗走する勝頼様を逃がす為、反転迎撃して自らは討ち死にいたしました」
「うむ、武田の強さは主家を力強く支える有能な家臣団にこそあった」
「はい、しかしそのほとんどが長篠の戦いの中で失なわれてしまい、それより僅か七年で武田は滅びました」
「んー、して武田の滅亡が鳥居殿と内府殿とにどう関わると申されるのだ」
「馬場美濃守信春には跡目の昌房殿と娘が一人おりました」
「 ・・・・ 」
「昌房殿は武田とともに滅び、娘だけが生き残りました。
父親の才覚を色濃く受け継いだすらりとした美しい女子でございます」
「 ・・・・ 」
「某の母に御座います」
「其の方は武田の ・・・・ 」
「武田が滅亡したとき、家康様は才女と評判の我が母を所望され鳥居元忠に捜索の命を出されました。
しかし元忠は母を捕らえたにも関わらず家康様を欺いて己が妻に迎え入れたので御座います。
母の連れ子の某は鳥居家の三男として育てられ申した」
「内府殿はそれに気付いたのだな」
「狭い家中でそのようなこと隠し通せるはずも御座いませぬ。
人の口から家康様の知るところとなり申した。
家康様は古参の家臣の裏切り行為に衝撃を受けたはずで御座いましたが、そこは天下をも狙おうかという家康様で御座います、
元忠のしでかした不祥事を一笑に付して一切お咎めも有りませんでした」
「元忠殿は内府殿に恐ろしい借りをこしらえたもので御座りますな」
「如何にも、それが伏見城への居残り城代を申し付かった真相に御座います ・・・・ 」
・・・・ 奥平と鳥居か ・・・・
関ヶ原と長篠がまた別の糸でつながった。