その百二十五 鳥居成次
「御挨拶が遅れて申し訳ございませぬ。
治部少輔殿をしばしお預かりさせて頂くこととあいなりました鳥居成次でございまする」
「石田三成でござる。今宵は風呂といい夕餉といい暖かいもてなし痛み入り申す」
二人の間をしばし沈黙が流れた ・・・・
成次は多弁な男ではないようであった。
「某の如き者のお預かりとなり、さぞや御案じ召されたことでありましょう。
されど一切御懸念には及びませぬ」
「夕餉をいただいて懸念は失せ申した。今は心中穏やかな心地で御座る。
これほどまでに丁重にもてなして頂いて、後々そこもとのお立場に差し障が生じるのではないかが気掛かりである」
「ご心配には及びませぬ、某は主の客人の饗応を任されたと合点いたしておりまする」
三成は徳川の家臣の末席に、かくの如く筋目を通す武人がいることに驚いた。
いや、この厚い人材こそが徳川の権勢を支えているのだとも納得した。
・・・・ なるほど、いつでも政権など取って代われるということか ・・・・
・・・・ 翻って豊臣にそれほどの人材が今有るかと問われれば些か心許ない ・・・・
三成はずばり問うた。
「某をお父上の仇とは思うておらぬのか」
「思うてはおりませぬ」
「 ・・・・ 」
三成の疑問に答えるように成次が語りだした。
「父は石田様ではなく家康様より死を賜わられたので御座います。
父は以前より家康様から疎まれておりました故、 ・・・・ 」
「それはにわかには信じられませぬ。
元忠殿は内府殿が御幼少のみぎりより付き従ごうていた最古参の家臣では御座いませぬか」
「故に家康様とて軽々に御処分出来かねていたのでありましょう」
「元忠殿と内府殿の間にいったい何があったので御座いましょうや」
「何という程の事では無いのかも知れませぬ ・・・・ 」
成次は重く口を閉ざした。
「ここで相対するのも不思議な縁なれば某に話して聞かせていただけませぬか。
どうせもう某はほれ、先の無い身で御座いますれば他所に漏れる心配も御座いますまい」
成次は目の前の知性溢れる男が徳川に楯突いた極悪人とは到底信じられなかった。
「些か長い話になり申す。石田殿はたいそうお疲れのはず。
そのような仕様も無い話にお付き合い頂くは御身をお預かりする身としては申し訳ありませぬ」
「是非に ・・・・ 」
と乞われて成次は重い口を開いてぽつりぽつりと話し始めた。