その百二十 三成対正則
三成の詮議の場には当初からの顔ぶれに加えて福島正則と浅野幸長が加えられた。
席次は上座の家康を頂点に、向かって右手に本多正信、正純親子と伊井直政が、反対側に福島正則、浅野幸長らがハの字に座していた。
三成は一人下手に座らされたが、先程までと違うのは四方を脇差差しの衛士に囲まれたことである。
後ろに二人さらに前方二人に取り囲まれ些か物々しい雰囲気である。
三成に対して圧力をかけるのが狙いであろう。
新たに加わった正則と幸長は初めからこのような物々しさで詮議が行なわれていたと思い込んだでことであろう。
これより先は正信が進行役をつとめた。
「お二方の関ヶ原での御活躍にはめざましいものがあったと伺っておりまする。特に福島殿、宇喜多の大軍勢を打ち破られたはまっこと御見事」
正信は正則の機嫌を取るところから始めた。
「あいや、一番手柄はそこにおわす井伊殿で御座ろう。まだ霧も晴れやらぬ間に某を出し抜いて戦端を開かれた。あわや同士討ちになるところで御座った」
「福島殿、誤解されておるようだがあれは抜け駆けでは御座らぬ。宇喜多の斥候と出くわしたので若様をお守りするため致し方なく牽制したまで。
それに某は宇喜多勢を相手に苦戦しておった福島殿が突入しやすいように宇喜多の側面を突いて突撃の機会を作って差し上げたでは御座らぬか。
あれで貸し借り無しで御座ろう」
正則はむっとして見返した。
「まあまあそう味方同士で当てこすりされるな。ここは敵の総大将の治部少輔殿の詮議の場で御座ろう」
正信は正則の突っかかるような態度の裏に徳川に対する不信感があると気がついた。
「さて治部殿、これよりは豊臣家の縁戚を代表してこちらの両名に同席を願うがよろしいか」
「詮議される身の某にことわりを入れる必要なは御座らぬであろう」
三成は二人を同席させる正信の腹など読めていた。
「さて治部殿、今度はこちらが質す番でござったな。
此度の騒乱は大老たる上杉中納言、宇喜多中納言、毛利中納言といった者達がその立場もわきまえず我が徳川内大臣家康様を豊臣政権の中枢から追い落とすべく、
政権への復権を計る奉行のそなたと結託して徒党を組み係る大乱を企てたのに相違御座らぬか」
「見方によってはそうとも云えよう」
「騒乱の首謀者は治部殿、そなたで御座るな」
「如何にも」
三成はさらりと全ての責は自分にあると認めた。
「では如何なる沙汰も異議申し立てなく賜ると申すのだな」
「すでに某は己が磔となるより惨い仕打ちを一族に受けておる。
これ以上どのようなぬ責め苦を賜ったとしてもすでに我が魂はこの世にあらず。
好きに致すが宜しかろう。
ただし、この件に関して大坂城は一切関知せず、淀の方ならびに秀頼様に内府殿に対する敵意など微塵も無いことを御承知置きいただきたい」
「しかし毛利輝元殿は大阪城を根城に西軍の指揮を執っていたのであろう。大坂城が無関係とはにわかに信じることは出来かねる」
そこに正則が口をはさんだ。
「あいやお待ち下され本多殿。我等が徳川にお味方したは豊臣家に住み着く三成という獅子身中の虫を共に追い払う為。
大坂城を敵とみなすは同盟の趣旨に反するであろう」
「如何にも、我等は豊臣家の御為に戦ったので御座る。徳川の天下を助けるためでは御座らぬ」
若い幸長は抑制が利かず露骨に本音を漏らしてしまった。
それを正則が目で制した。
三成は幸長の言動に一瞬肝を冷やしたが正則はじめ関ヶ原で敵対したはずの諸将の間にも徳川の野心に対する警戒間が共有されだしたことに安堵した。
しかし今は反抗心を剥き出しにするときにあらず。
次なる展開に備えて兵馬を蓄え養うのが肝要である。
責めは己一人が負って黄泉にいけば良い。
三成は己が心が正則に届いていたことを知り、豊臣の今後に一筋の光明を見た気がした。
掲載が滞りまして申し訳御座いません。
下記の投稿済みの話に大幅に加筆・修正を加えております。
今後の展開を左右する筋の修正がありましたので、ご面倒でも再読をお願いできればと思います。
いつもご愛読ありがとうございます。
作者
その五十七 三成挙兵
その九十 吉継の勝算
その九十六 吉継の最後
その百 無辜の存在