その百十八 ありばい工作
「上様、頃合でありますれば福島正則と浅野幸長の両名を詮議の場に同席させては如何でしょうか」
正信は三成の詮議が密室で行われたとの謗りを避けるため、北政所に近い正則と幸長を招き入れることを提案した。
「 ・・・・ 」
家康には部外者を加えることに躊躇いがあった。
三成にやり込められる姿を見られたくはなかった。
「上様、北政所様に対して徳川の誠意を見せておかなくてはなりませぬ。正則と幸長はその証人にうってつけで御座いまする」
「わかった正信。してわしは何を申さばよい」
「ここからはわたくしめお任せ下さい。上様はわたくしめの目配せで三成にこう申して下さればよろしいかと。
『すべて水に流して豊臣の為に徳川の家臣として出直さぬか』、と」
「三成はせせら笑うて断ることだろうて ・・・・ 」
「それでよいので御座います。正則と幸長の面前で三成に選択肢を与えた事実が残ればよろしい。さすれば佐和山での経緯も不幸な手違いであったと言い逃れできましょう」
「なるほど、あの二人をありばいの証人にいたすのだな」
「如何にも」
「三成に余計なことをしゃべらせるでないぞ」
「承知つかまつってございます。ただ ・・・・ 」
「ただ何だ」
「秀頼様が太閤殿下の御嫡流であることはその場で御認めになられた方がよろしいでしょうな」
「わしが嘘をついたと認めろと」
「いえ、嘘ではなく心得違いであったことにいたすのです。
片桐且元から誤った情報を聞かされていたと。
事実それに相違御座いませぬ。
それに上様は、たとえ秀頼様が太閤殿下の御嫡流で無かろうと豊臣家を支えて行くおつもりにかわりは御座らなかったと。
それが杞憂となり、尚一層豊臣家の執政として邁進いたす所存であると、両名から北政所に伝わるようにいたすのです」
「また執政か ・・・・ 」
「しばしの方便に御座いますれば」
家康は正信の巧みな人心掌握術に関心するとともに、やはりこの正信老人を常にそば近くに置いておかねばならぬと再認識した。
福島正則にとって北政所は母も同然、幸長はおねねが養女だった浅野家の三代目である。
北政所に偽りの極秘情報を伝えさせるには、まさに"うってつけ"である。
家康は納戸の外の控え番に広間で待ちくたびれているであろう福島正則と浅野幸長を奥の書院へ案内するよう命じると、自分が先頭になって再び決戦の間に戻るのであった。