その百十三 次手
「宇喜多はいかがなさるおつもりか」
三成は上杉と同格の五大老で西軍の主力を担った宇喜多の今後を案じた。
「秀家殿はその後どうなっておるのだ、正純」
家康に問われた本多正純が答えた。
「宇喜多殿も治部殿と同じように伊吹山に逃れたはずでござるがその後の足取りは全くつかめておりませぬ」
「 ・・・・ 上杉征伐の隙を突いて真っ先に挙兵に及んだのは秀家殿でござった。
上杉討伐が無くば宇喜多の挙兵も無く、宇喜田が挙兵せずば某とて反徳川軍を募ることもござらなかったであろう ・・・・ さて本多殿 ・・・・ 」
三成は家康の右手に控える本多正信に向き直った。
「宇喜田家の家老として関ヶ原に参陣した、御子息の政重殿とはすでにお会いになられたので御座ろう」
弟政重を間諜呼ばわりする三成を正純がかっと睨みつけた。
「すでに政重は徳川を出奔致し、本多家をも勘当された者で御座り申す。そのような者とは一切関わり合い御座らぬ」
正信は眉ひとつ動かさずにしらをきった。
「上杉の挙兵を受けて、秀家殿を反徳川の急先鋒に焚きつけたは政重殿でござろう。
若年ゆえと見逃しておったが政重殿の器量は父親譲りと見えて大した喰わせ者でござる。
それに加えて逃げ足の速さも天下一品とお見受けいたし申した」
家康は冷ややかな視線で三成を見つめていた。
「治部殿 ・・・・ 」
家康が口を開いた。
「徳川討伐の勅命を得るのに、如何なる方策を用いたのだ」
家康の問いはさらに核心に近づきつつあった。
徳川討伐の勅命が下されるのを寸でのところで食い止めていなければ家康は危ういところだった。
如何な能吏の三成とて、既に勅命を授かった上で上杉討伐に向かう徳川を討つ勅命を拝するなど到底かなわぬ荒業であろう。
「 ・・・・ 内府殿は聚楽第行幸のおりの誓いをお忘れか。
誓紙にしたためた忠誠など絵空事とて、天子様の御前で誓った豊臣家への忠誠は決して反故にすることまかりならぬ。
如何にどさくさにまぎれて約束を反故にするが得意の徳川殿とて天子様との約束は終生守らなければならぬのが武家の掟。
内府殿の専横はそれを軽ろんぜられたものであった。
徳川討伐の勅命が下されても当然で御座る」
家康はそれだけでは腑に落ちぬといった様子で三成を窺った。
家康と目が合った三成の視線が先に逸れた。
・・・・ 何か隠しておる ・・・・
家康は三成がすべてを語っていないのではとの疑いを持った。