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その百一 逃避行

刑部(ぎょうぶ)、許せ ・・・・ 」


三成は生死を共にすることを誓い合った大谷吉継を関ヶ原に置き去りにして一人逃げる不義を詫びた。


三成をして友と交わした固い約束より守らなければならぬものがあった。


太閤の遺言である。


・・・・ 如何なることがあろうとも豊臣の再興のために三成は死んではならぬ ・・・・


たとえどんな生き恥を晒そうとも三成は生きて生きて生き延びねばならぬのであった。


三成は近習の共すら連れずにただ一人、小高い丘陵と呼べるほどの笹尾山を南端に南北に連なる伊吹山脈深く分け入った。


満足に水や食料も携えていなかったのですぐに渇いた。


今朝方までの雨で流れが増した、あまり清らかでもない沢水で喉を潤し、追っ手を振り切るべく尾根筋の東側を北へ北へと逃れた。


本当は己の所領の北近江は西方に目と鼻の先であった。


しかし北国街道も中仙道も、街道筋は東軍に完全に封鎖されてしまったはずである。


追っ手が最も手薄になるであろう伊吹山脈の尾根の東側から大きく迂回して小谷・長浜へ降り、夜陰に紛れて佐和山の居城へと辿り付き、一族との再会と再起を果たしたい ・・・・ 


それまで佐和山がもっていてくれればのことではあるが。


三成はかつて山崎に敗れた明智日向守(ひゅうがのかみ)の気持ちが、今なら誰よりも理解できる気がした。



・・・・ ただただ一族の元へ ・・・・



単独行で逃れたのは幸いであった。


目立たず、身軽な三成は追っ手に追いつかれる気がしなかった。


関ヶ原から北に四里の春日村界隈に辿りついたときにはすでに日付が変わっていた。


迂回路を騎馬の追っ手に先回りされた様子もなく村は静まり返っていた。


夜が明ければこの村の民も落ち武者狩りに総動員されるであろうと三成は思った。


とにかく何か腹に入れなければならない。


三成は村はずれの里山との堺の稲田に降り立つと、脇差を抜き収穫間際の稲穂が重く垂れた稲藁を何束が刈り取り陣羽織でくるりとしばって脇に抱えると再び里山に分け入り北を目指した。


関ヶ原の敗戦から十二時間以上休むことなく行動を続け、大垣城を出陣してからは二十四時間以上経過していた。


いったい何時間起きているのかさえ分からなくなっていた。


三成はようやく笹薮の切れ目のような山道を見つけると北西に進路を変え、徐々に標高を稼いでいった。


手はせわしくさっきの山郷で刈り取ってきた稲穂から(もみ)ごと生米をむしりとっては口に運んでいた。


三成の眼光は野生の狐のように油断無くあたりを警戒して光り、体中の細胞は生存の危機に瀕してかつてないほど活性化しているかのように疲れ知らずであった。



夜明けまでは ・・・・

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