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9、モンスターペアレンツ

「はぁ、そちらのヒーという少女を学校に行かせたいと?」


 傍らに脱ぎ捨てた鎧。ケイスは薄着のブラウス姿で草むらに座り込む。脱ぐだけでもかなりの重労働なのだろう、額に浮かぶ汗。


「そうなんだよ。そろそろこの子だって、ほら、人間から人間のことを色々学んでおかないとまずいと思ってねぇ。あたしらだけじゃ限界があるし」


「ルーメ、勝手に話を進めるな。学校は必要ない。全て我が教える」


「ええっと、一体どちらの意見が優先されるんですか……?」


 ラミアと竜の意見が完全に割れている。ケイスとしてはとにかくこの竜が暴れ出すことだけは避けたい。下手をすると村にとばっちりが来る。


「無論我だ。というかその学校というものはどのようなものだ? どのようなことをどの程度の期間に教える計画表はあるのか?」


「学校といいますか、先々代の村長……私の曾祖父が建てた私塾のようなものでして……六年間で基本的な読み書きや生活マナー、あとは運動や音楽や芸術関連を軽く教える程度のもので」


「その程度か? それで六年? どのような場所で行うのか?」


「まあ村の子供がほぼ全員……大体三十人くらいの子供がはいる教室が一つだけあるちょっと古めの建物でやってますね」


「なんだそれは? きちんと整備はされているのか? 老朽化が進んでヒーが怪我をしたらどうする? 安全面の基準を満たしていないものにヒーを通わせることなど論外である。それに森の奥から村までは子供の足で行き来するのは少々遠い。やはり学校などいらんではないか。我が教育したほうが良い」


──ああ、めんどくさい……!


 過保護な親に出くわしたことはあるが、ここまでめんどくさいやつは初めてだ。


「おとーさん、わたし、学校行きたいの! 行かせてよぉ!」


 竜の柱の如き屈強な前足を揺すり、ヒーが叫ぶ。


「ぬぅ、だから学問なら我が教えるといっているのだ。五次元多面学や外宇宙天体観測や竜種族の過去三万年にさかのぼる歴史学、他竜種による協同社会構築政治学など色々あるぞ。好きなものをいうがよい」


 古き竜とは、それだけで人間における科学者、哲学者、歴史家そして超越的記憶力により図書館そのものなどを一体で兼ねている存在である。都の人間の学者に取っては垂涎の的となる知識の宝庫だ。


「そういうのわからないよ! マギーもアドロフも学校行くって言ってるのぉ! 私も行きたい!」


 しかしそれもヒーには魅力的に見えるものではない。


「ちょっとヒーが行きたいって言ってんだから行かせてやりなよ! デカい図体で細かいことをウダウダ言って!」


「ぬうぅ、解せぬ……!」


 城並みの竜の体躯が揺らぐ。心理的ダメージが蓄積。


「あ、あのヒーを学校に行かせることはできるのですが、できればこちらも条件を提示させてもらえないかなと……」


「ぬ? なんだ、言ってみよ」


「その、村の人々が恐れるので、竜の方にはできれば村に立ち寄らないようにしてもらいたいと……」


「なぜだ。それではヒーが学校でなにをしているのか見に行けないではないか。そのようなことに従うことはできぬ」


「おとーさん! 学校にはおとーさんやおかーさんはついてこないんだよ!」


「ええ……それはちょっと心配だねぇ……」


 ルーメも眉根を寄せた。


「学校の行き来が心配でしたら、この娘が住めるような適当な小屋を村の近くあたりに建てるよう村人に交渉しましょう。そこに住んで学校に行けば」


「ぬぅ、それは助かるが……しかし村に立ち寄るなというのは受け入れられん」


「で、では村を襲わないということでしたら……」


「それは良かろう。しかしヒーに何事かあるなら学校は即座に灰になると心得よ」


 モンスターだ。本物の化け物保護者モンスターペアレンツだ。


「そ、それとですね……入学に当たって色々用意しなければいけないものが……」


「ぬ?」



 △ △ △


 二月。小剣帝月のやや冷たい空気が、草原を揺らす。

 晴天の空。高く掲げられた太陽の光。穏やかな昼の中で。


 村と村を行き来する行商人である中年の男──ロックは死を覚悟していた。


 荷物を詰めた馬車。馬は怯えるのを通り越してもう動かなくなっている。昼だというのに周辺は夜のように暗い。

 呆然と見上げるそれは、黒曜の鱗にすべての光を飲み込んでいるようだった。

 城並みの体躯を持つ巨大な黒竜が、道を塞いでいる。

 邪悪と暴虐が現出した、生きた地獄そのものと云える凶悪な外観。圧倒的超圧力。生物とさえ思えない制御できない力そのものの顕現。


「あ、あぁ……」


 うめき声しか出ない。頭の中を家族の顔が横切る。


「人よ」


 竜の凶暴な、意志の疎通さえ不可能と直感させる顔面から声が聞こえた。人間の、言語。


「今からいうものを出せ。我はそれを求めている」


「ひ、ひいい」


 なにを出せというのか。このドラゴンが欲しがるものなどしがない行商人の自分が持っているはずもない。


「えんぴつ、消しゴム、定規、色えんぴつ、クレヨン、絵の具……それとカバンだ。小さいやつだ」


「……えぇ」


 なにか世界級の至宝でも来るかと思ったらこれか。


「どうした。早くだせ。出さぬか」


 魔力の暴風が渦巻く。とりあえず苛立っているのはわかる。


「へ、へい……」


 わけがわからないが半泣きで馬車の荷物を漁る。


「え、えぇっと、とりあえずえんぴつと消しゴムと定規はあります……ほかはちょっと持ち合わせてません……どうか命ばかりは……」


 取り出す筆記用具。どれも大人用の物。


「ぬぅ、仕方ない。残りは他の行商人を当たるか………受け取れ、これは代金というものである」


 ドラゴンの爪の先から一枚の鱗が落ちた。地面にめり込む。行商人にとっては盾のような大きさのそれは売るところに売れば家が変えるほどの高級な材料となる。軽量かつ強固、それに耐魔術への高い耐性を持つ素材だ。


「こ、これは……」


 渡したものよりも遥かに多い代金。逡巡する。


「我は客である。これからも我との取引に快く応じるように」


 八枚の翼が広がり、あたり一面が夜となる。巨体が浮かぶ。空へみるみる小さくなっていく黒竜。


「な、なんだったんだあれは……?」


 わけがわからないが、とにかく上客ではあるらしい。



 その後辺境伯の元へ、「巨大なドラゴンが入学用具を買いに来た」という多数の行商人の報告が寄せられ、辺境伯は疑問に首をひねることになるがそれはまた別の話。


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