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8、突撃!隣の竜の巣!


 鬱蒼とした木々をかき分け、歩みを進める人影があった。一歩歩くごとに苔や草の茂る地面が沈む。相当な重量。

 それもそのはず、人影は膨れていた。

 重厚な鎧と外套に包まれ、頭には傘のような円形の兜。半ば丸に近い体系で、森を踏みしめて前進していく。

 その顔は、奇怪な丸眼鏡のマスクに包まれていた。

 時折、フシューフシューと蒸気の漏れるような音がした。


「ふう」


 息を吐き、鎧の人影は歩みを止めて天を見上げる。


「──本当に、竜はここにいるのか?」



 △ △ △


「おとーさん! ねぇ! あたし学校行きたいの!」


 倒れる竜の頭に馬乗りになり、ヒーはその小さな手をふるいペチペチと竜を叩く。死んだふりからすでに十分が経過していた。幼女のガマンも限界である。


「おとーさん!」


「ぬぅ、ヒーよ、死者の遺骸を弄んではならぬ……それは人も竜も変わらぬ礼であり……」


「おとーさん死んだふりしてるだけでしょ!」


「ぬぅぅ! 最初はこれをやると『死なないで』と泣いてすがりついてきたのに……!」


「何度もやったら慣れちゃうに決まってるでしょ!」


「ぬぅぅ……! 人の成長は竜よりも速いのか……」


 そろそろ竜が最終手段である緊急避難──いわゆる飛んで逃げてほとぼりが冷めるまで待つ、を考え始めたころ。


「ちょっと! あんたら遊んでる場合じゃないよ!」


「ぬぅ、ルーメか。いいところに来た。ヒーを止めてくれ。DVはいかん」


「おかーさん! おとーさんがまた死んだふりして話聞いてくれない!」


「またかいこのボンクラ……えぇとそれどころじゃないよ。森に変なやつが来てるんだよ! 見たこと無い変な格好したやつ!」


 ニョロニョロと尻尾を逆立て、ルーメは今みてきた奇妙な人影を語る。


「なんかやたら着膨れした顔もマスクで覆われてる変なやつでさぁ……森のやつらも警戒して手を出さないんだよ」


「ぬぅ、それがこっちに向かっていると?」


「ああ、まっすぐにね。だからいっちょあんたがそいつをボコって誰か確かめてよ」


「まず暴力に訴える思考をやめろルーメ……」


「おとーさん、誰か来るの?」


 頭に乗るヒーを静かに地面に下ろし、竜は立ち上がる。地面を震わせ、纏う魔力により突風が吹いた。


「客はそうではないか、それはすぐにわかるだろう。すぐにな」


 視線の先、森の木々が茂る断崖の上。枝とツタをかき分け、が勢いよく飛び出した。

 ダンッ、と派手な音を立て、塊が着地する。


 塊が、立ち上がる。着膨れた人影が、マスクを取る。蒸気が吹き上げ、露わになる素顔。

 人間の女だった。二十半ばほどの、青髪の眼鏡をつけた女。頬にそばかすがわずかに見える。


【どーも、こんぬづは!】


 竜族の共用言語で女は叫んだ。


わだずは怪すぃものではごぉざぁせん!】


「ぬぅぅ……怪しい……!」


 それは黒竜には、酷く──酷くなまって聞こえた。



 ▲ ▲ ▲


 村長にして村の学校の教師兼校長を勤めるケイス・アッバーグが村外れの森に竜が現れたと聞いたのは一週間ほど前だった。


「いつもみんなが遊んでる原っぱの向こう側の森から女の子がやってきて、それで色々あったけど友達になって……」


 たどたどしく、彼女の教え子であるマギーは事情を語る。


「変わった子だなって、最初は思ったけど、でもすごく良い子で、でも、遊んでたら、竜がでてきた。すごくデカい黒い竜……」


 村の近くにそれも特大のドラゴンが出たことはしばらく前から村の話題にはなっている。たたドラゴンがこちらに一切なにもしてこないことから、村の大人達は静観する方針になっていた。

 なにせここは王都から離れた辺境も辺境。絵に描いたようなド田舎の村である。応援を頼んでもくるわけがない。


「最初はみんなびっくりして逃げたんだけど……なんか、あの、変なドラゴンで……顔はめちゃくちゃ怖いけど襲ってこないの」


 村の商家の娘であるマギーは母に似て強気でハキハキとした娘かのだが、ドラゴンのことを語るときはなんとも言えない微妙な表情をしていた。


「顔が怖いだけであんまり怖くないっていうか、動くと迷惑だけど人を襲ってこないの。それで、そのヒーって娘はその竜が『おとーさん』なんだって……」


 竜は基本的に人間をまず相手にしない。戯れに語り合うものもいるらしいが、ほとんどは無関心か餌としてみるか。

 その黒竜はかなりの変わり者なのか。

 というか、黒い竜など見たことがない。聞いたことはたた一度だけ、ケイスにはあった。それは、都で学士をしていたフィールドワーク中にとある変わり者の竜から聞いた竜に伝わる話。


 本来はドラゴンなどの文化や知識を研究する異種文明研究学の追求の徒であったケイスは、真実を確かめるため、あわよくば新たな研究論文を完成させて都の学院に戻るために行動を開始した。



 △ △ △


【そっだらまあそぅいうわけで、わだずはここにきたわけだべぇ。あなたが敵対てぇきたい的な竜ではねぇと思うんですが、まんず話さ聞かせてけれぇ】


「ねぇ、なにいってるのこの人……?」


 ヒーが少し怯える。大人の人間をあまり見たことが無い上に、いきなり訳の分からないことを喋りはじめたのはさすがに物怖じしない幼女でも引く。


「ぬうぅ……」


 聞き取りにくい発音。微妙に違う言葉の間。人間にしてはうまいのかもしれないがとにかくなまっている。


【あんれなんだか反応が悪りぃなぁ。だからわだずは怪すぃものではなくて……】


「うるさいね、こっちのわかる言葉でいいなこのドマンジュウ!」


「あだっ!」


 痺れを切らしたルーメの投げた石が、ケイスの鎧に命中。バランスを崩したらしく、こけた。


「こ、この、よっ! よ、鎧が重くて立ち上がれない!」


 ジタバタともがく。バケモノだらけの森に注意して鎧を着込んできたらしいが、まったくもって役に立ってない。


「そんな! 私の身につけた完璧な竜語が通じないなんて! ……はっ! 耳が遠い可能性か!」


「いや鈍りすぎててわけがわからんぞ。普通に人の言葉で話せ人間よ」


「私の十年の努力がああ!?」


「変なやつが来たなあ……」


 竜は、ゆっくりとため息をついた。



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