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5、竜はヒーへ問う


「さて、一体なにがあったのか。答えてみよ」


 顔にあざをつけて戻ってきた幼子。ヒーを囲み、三体の魔物が顔を突き合わせる。


「こりゃまた転んだんじゃないのかい?」


「ありゃ服まで泥だらけですよ姐さん。せっかくキレイに出来たやつなのに……」


「えっぐ、ひっぐ……」


 泣きやまぬヒーに、ラミアがゆっくりと語りかける。


「どうしたんだいヒー? あれか、西の方住んでるワーウルフのジジイになんかされたんかい? あいつは偏屈だからねぇ」


「よし西の森を燃やしてこよう」


 即座に翼を広げる竜。夕方の森を黒翼が覆い隠す。イルイラが八本の脚を広げその足に組み付く。


「まだお嬢がなにもいってませんから! まだ容疑者ですよ!」


「案ずるな。三秒あれば事足りる」


「ち、ちがうよぉ! ワーウルフのおじいちゃんはいい人だよ、こないだもキノコの取れる所教えてくれたし……」


「ぬうう、違うのか」


 黒竜は残念そうに翼を畳んだ。


「じゃああれかい。南のほうの森の最近越してきたゴブリンのやつら。アイツらか」


「よし南を灰にすればよいのだな」


 またも広がる八枚の翼。


「だから旦那待って下さいよぉ!」


「ちがうよぉ、ゴブリンくんたちは悪い人じゃないよぉ」


 ヒーの言葉に、再び竜は翼を畳んだ。


「うぅん、じゃあ、あいつかい? 東の森のデュラハン! 元人間ってのを鼻にかけて嫌みなやつだからねぇ」


「では東を消滅させてくる」


「旦那がエスカレートしてますよ姐さん!」


「デュラハンさんも良い人だよぉ、こないだも首でサッカーさせてくれたもん」


「ぬう、もう全て焼くか」


「姐さぁん! 旦那がどんどん大雑把になってる!」


「あんたらの声がうるさくてヒーの声が聞こえないよ! 黙ってなそこのトカゲとクモ!」


 どうにも話が進まない。


「森のみんなはなにもしてないよぉ」


「で、ヒー、じゃあこの森の中のやつらじゃないのかい? 危ないから森の中は出ちゃいけないって、あたしと約束したじゃないか」


「ご、ごめんなさい……あの、わたし」


「なんだいやっぱり転んで泣いて帰ってきただけかい」


「に、にんげんの、近くの村の子とあったの……」


「……」


 沈黙が、三匹を支配する。


「あちゃー……はいちょっと集合!」


 ルーメの呼びかけに、三匹は顔を見合わせて議論を開始。


「とうとうこういう日がきちゃいましたねぇ姉さん」


「これは慎重にやらないと後を引くよ。ここは頭ひねらないとね」


「面倒だ。近隣の村ごと焼け」


 もはや焼くしか言わなくなった直火焼きマシンを無視し、ニ体は対応を練る。


「こういうのってあれですよ姐さん。絶対イジメとかあったんじゃ……子供って残酷ですからね」


「まあ森の奥から出てきたどうみても怪しい娘だもんねぇ……ちょっと、ヒーはそいつ等になんかされたんかい?」


「えっと、その、森のほうから、原っぱで遊んでた子がいて……私と同じくらいの女の子だった……」


「焼かないの?」


「だから黙れトカゲ」


 もはや竜を一瞥する事さえしない。


「あそぼう、っていったの。そしたら、どこからきたんだって、言われて……あっちの森から来たって答えたの」


「ふぅん、それでその娘は?」


「森に人は住んでないはずだよって、だから、竜やルーメと一緒に暮らしてるって、いったの」


 森から突然現れた娘。竜やラミアなど人外と暮らしているという。子供とは素直な生き物だ。良い意味でも、悪い意味でも。

 そんな彼らの前に、ヒーのような特殊な存在が現れたとしたら。


「変だって、言われた……『ふつうは、人間のお父さんとお母さんや、お姉さんやお兄さんや妹や弟がいて、一緒に暮らしてるものだよ』って……ねぇ、イルイラ、おかーさんってなんなの? おとーさんってなに?」


「それは、その……あ、姐さん」


「どうして、わたしはみんなと違うの? どうして、わたしだけ人間なの?」


 押し黙る。今までルーメたちはヒーを育てるだけしかしてこなかった。

 ヒーにとって自分たちはなんなのか、それを伝えては来なかった。いずれ竜に食われる運命を持つ子に、自らが親だと言える勇気がルーメにはなかったからだ。

 もしこの娘に母と呼ばれれば、もうなにもかもを諦めることなど出来なくなる。


「……あのねぇ、ヒー。そりゃね」


 のばされた腕が、ヒーを抱きしめる。

 体温の低いひんやりとした、ルーメの柔らかい腕の感触。ヒーを抱きしめてきた感触。


「この森ではあんただけが人間で、あたしらはあんたとは血が繋がってないからさ。それでねぇ」


 嘘を言いたくはなかった。例え傷つけることになったとしても、ヒーの前でだけは正しくありたいと思う。


「他の誰がなにを言おうと、何を隠そうあたしがあんたの『おかーさん』さ」


 だから、もう逃げない。本当の意味で、この娘の親となろうとルーメは決めた。親は子供の前では、正しくなければならないから。


「え、あの、ルーメがおかーさんなの? そうなの?」


 戸惑いながら、驚きながらヒーはルーメを見つめる。


「そうだよ。今からそう決めたんだよ。だからそれでいいさね。他に文句いうやつなんかいんのかい?」


「姐さん……やっぱ姐さんは懐が深ぇなあ!」


「ぬう、いや血縁が無い以上は父母を騙るのはいささかおかし」


「黙っとれトカゲ!」


 一喝する。とかくこの竜は空気を読まない。


「え、じゃあ、ルーメが『おかーさん』なら、その、竜が、『おとーさん』なの?」


「えーと、まあ、そうだねぇ……」


「いや血縁が無い以上は父母というよりは正しくは保護者という」


「ええい、そうだよ! このボンクラトカゲがお前の『おとーさん』だよ! 今から決まりだ!」


 面倒だ。押し切るしかない。


「そうだよね! 竜はわたしの『おとーさん』だよね!」


「解せぬ」


 竜の巨体が揺らぐ。目の前の理不尽が凶竜に深くダメージを与えた。


「うるさいねえ、呼び方変わったぐらいでガタガタいうんじゃないよでかい図体のくせしてさ!」


「解せぬ……それで、ヒーはその子供達とはその後なにをしたのだ? 痣があるということはなんらかの武力衝突があったということか」


「武力衝突って、また旦那は大げさな……」


「その女の子たちに『変だ、変だ』って言われて、あたし、それで、カッとなって思わず頭突きしちゃって」


「頭突き、したの? あんたが? されたんじゃなくて?」


「それで、今度はやり返されて取っ組み合いになって、そのまま森に逃げてきたの」


「逃げたの」


 思わず絶句するルーメ。予測の斜め上だった。


「ヒュー! お嬢は武闘派っスね!」


 なぜかガッツポーズを取るイルイラ。


「……まあ子供なんてど突いたりど突かれたりして成長するもんさね。子供の喧嘩に親が出るのもねえ」


「……ヒーよ」


 話を聞いていたおとーさんが、静かに娘に問いかける。


「なぜ、いきなりそのようなことをした?」


「普通じゃないって、おかしいって言われて、みんなのことまで悪く言われてるみたいで……おかーさんもよく言うこと効かないっておとーさんを尻尾で叩いてるから、わたしもやってもいいかなって」


「姐さん、やっぱDVは教育に悪いっスよ……」


「あれはDVじゃなくて教育的指導ってんだよイルイラ!」


「ヒーよ、怒りというものは抑えがたいものである。だが、怒りに任せ力を振るうことを当たり前と思ってはいけない。

それはまず言葉でもって伝えるものだ。言葉で伝えることを最初に止めてはいけない。どんなときにもだ」


 静かな言葉には、幼児のヒーでもわかる重みがある。普段は寡黙な竜が、こうやって自ら語りかけることなどほとんどなかった。


「他者と言葉を交わさずに、力のみで生きる方法もあるだろう。だがそれは多大な傷や痛みと引き換えになる。命を奪うことになるかもしれない。命を奪われるかもしれない。そういう生き方だ」


 地面に着いた竜の腕が持ち上がる。巨魁の如き豪腕が、ヒーの目の前で停止。


「つまるところは、こうなるということだ」


 幼い目に写るものは、凶竜の腕。その黒曜の鱗に刻まれた、幾つもの傷痕。





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