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4、この子はヒー

▲ ▲ ▲



【我らは同胞。我らは兄弟。同じ時を生き、同じ時に死す】


 口々に同族の黒竜達が叫ぶ。彼と同じ漆黒の鱗、漆黒の翼、禍々しき紅の眼。

 遠い空は、彼らの眼よりも暗く赤く染まっている。

 あの場所に、あの向こう側にやつはいる。己と仲間と、この世界全ての生きる者達が立ち向かわなければならない存在がいる。

 猛る心が、吠え声へと変わる。渦巻く魔力は暴風のように踊る。


 戦いが始まる。すべてを賭けた戦いが。


 黒竜の心に怯えはなかった。不安もない。ただ澄み切った覚悟だけがある。今日死すとて、この仲間達と共にならばなにも恐れることはない。誇り高く、竜として戦って死ねるのならば、なにを恐れるのか。


 空が不意に暗くなる。見上げれば、あらゆる空を飛ぶものたちが埋め尽くしている。

 赤竜、青竜、光竜、飛蜥蜴ワイバーン獅子鷲グリフォン、後ろ側のとりわけ大きい竜は齢四千を超える火神竜スルト白輝竜バルドルなどいった各竜族の重鎮だ。長い胴体の巨竜は、東方の龍族達。


 全てのものたちが、アレを殺すために集まっているのだ。もはや善悪などない。純粋な生存のための戦い。


【いくぞ同胞よ。我らを死へいざなう、求めし戦いがある。滅びの巨人を、我らが滅ぼすのだ】


 黒竜の声は、地獄となる戦場へ静かに響き渡った。


 △ △ △


「姐さぁん! 姐さぁん!」


「……ぬ」


 けたたましい女の声に、黒竜はまどろみから覚めた。もはや遠い過去のことが、夢の中だけはいつも目の前の現実のように体感できる。竜の持つ常識を越えた脳の記憶保持能力は、忘れるという機能を喪失していた。


「姐さぁん! これこれどースかこの最新コーデ! あっし頑張っちゃいましたよー! ヒーのお嬢に早速着せましょーよ!」


 見下ろすはいつもの森。そして竜の足元には、口うるさいラミアと、同じく無駄にうるさい蜘蛛女アラクネがいた。


「……ヒーは、どこだ? またどこかに歩いていったのか」


 ヒーを拾ってから、四年が経過していた。


 △ △ △


「あんたはやかましいんだよイルイラ! 今はヒーはいないよ」


 二メートルを超える長足、蜘蛛独特の丸い腹に十代の少女の上半身を持つ蜘蛛女アラクネのイルイラは、いつも通りの妙に三下感溢れる言動のままシャカシャカと歩く。


「えー、チョー似合うと思うんすよねー! 見てこのヒラヒラ頑張って編んだんですよかわいいっスよー!」


 手には幼児サイズの子供服。無駄にレースの多い白生地のドレスのようなデザイン。


「あのね、あの娘の服作れっていったのはあたしだけどここまで凝ったのやれなんていってないよ」


 ため息をつきながらラミアはドレスを眺める。糸を作れるアラクネならば子供の服代わりになるものを作れると思い頼んだのだが、ここ数年でイルイラのレベルが予想以上に上がっていた。


「ええー女の子なんだからおしゃれさせましょうよー。ほらデザインだけじゃないんですよ。特別な糸使ってるから剣も通さないし衝撃にも強いし火にも燃えないし運動性もあがるし実用性バツグンッスよ!」


「あんたはヒーが何をやると思ってるんだい……?」


「先ほどからどうも良くわからぬのだが」 


 二人の会話に竜が口を挟む。どうにも理解し難い表情をしていた。


「なぜヒーに服を着せねばならぬのだろうか……?」


「……またその話かいあんたは」


「旦那酷いっスよー。女の子におしゃれくらいさせましょうよー」


「そもそもおまえ達も我も服など着てないだろう」


「人間は服着るもんなの! 猫や犬育ててんじゃないんだよ!」


「少しばかり寒くても我の懐に入っているか、森を少し燃やせば済む話ではないか。たった二十年かそこらでまた生えてくる」


 竜の時間感覚では木など雑草感覚で生えてくる程度の認識だ。


「ふざけんなその間あたしらは宿無しだよ!」


「旦那ー、このご時世ホームレスはマジ勘弁してくださいよー」


「ぬうう、お前らは辛抱というものが無いな」


 結局の所、竜とそのほかの生物では時間の認識が違いすぎるのだ。 


「それより、ヒーはどこだ。どこにいった」


「どっかその辺遊んでんだろ。森の中からあの娘に手出しするやつなんざいないよ。大体みんなあたしの顔知ってるからね」


 妖紫ようしの森には多種の種族、人類から化け物と認識される存在が多数蠢いている。ただの人間がうろついたなら話は別だが、顔馴染みのルーメが世話を焼いているヒーに危害を加えるものなどまずいない。ましてやその後ろには黒竜が潜んでいるのだ。


「また転んで泣きながら戻ってくるのではないのか。あやすのが大変だったぞ」


「あの位の子供なんてちょっとしたことでワンワン泣くもんだよ。図体デカいくせに細かいことで騒ぐなよ……なんでヒーはあんたみたいなのにも懐くのかねぇ」


「それは我がヒーをなだめるのが一番上手いからだ。お前らとは違う。つまり才能の差だな」


 巨大な竜が、自分が子守が得意だということを自信を持って誇っている。


「旦那があやすと不思議とすぐ泣き止みますからねぇお嬢は」


「アンタみたいなのがえげつない顔面凶器がベロベロバーやっても心臓に悪いだけなんだけど、なんでヒーは喜ぶのかねぇ……」


「……ただいまぁ」


 か細い少女の声に、三体が一斉に振り向いた。


 赤髪を三つ編みに纏めた少女は、目に涙を溜めている。頬には、小さな青あざ。


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